『失はれる物語』

失はれる物語 (角川文庫)

角川スニーカー時代の作品をまとめた短編集、の文庫化。作品のセレクションは、いわゆる「白乙一」でほぼ統一されています。全八編中の「ボクの賢いパンツ君」「マリアの指」「ウソカノ」以外は再読でしたけど、その価値のある作品だったと思います。

乙一さんのそもそもの作風がそうであるように、本書に収録されている短編の実に半分が社会的「日陰者」の悲しさを綴った作品です。これらの作品を読んでいると、コミュニケーション能力は自転車や文字の読み書きと同じ「学ばねば獲得できないスキル」なのだと本当に痛感します。

このスキルを子供の内に獲得できなかった人にもう一度それを学び直すチャンスが巡って来ることはほとんどありませんし、その時には既に学び直すだけのエネルギーすら失っているというのが現実です。それはとても絶望的なことだと思うんですけれど、それでもあえて乙一さんはそこに存在する希望を描き続けています。この姿勢に関しては、「日陰者」を扱う全ての乙一さん作品に言えることだと思います。

「Calling You」

メルヘン設定の日陰者ストーリー。乙一さんのこの手の作品にはときどき過剰なまでにわざとらしい説明台詞や会話が出てくるんですけれど、そのシュールな感覚がお話のメルヘンさと上手くマッチしていて面白いです。この何とも言えない味は、乙一さんの文体の魅了のひとつでしょう。

「失はれる物語」

交通事故で右腕の触覚以外の全ての感覚を失ってしまった男性の物語。唯一外の世界と繋がった右腕を通じての、家族との交流がたまらなく切ないです。ラストは、乙一さんにしては少し珍しいタイプの結末。


と、えらくバランスが悪いですけど妙に長くなってしまったので続きは明日。(えー)