ミステリーの話をしてると「推理」という言葉の意味がブレがちになる話 - 『うみねこのなく頃に』の準備として

 ミステリーの話をしていると、ときどき「この事件は推理可能か?」みたいな話題が上ることがあります。でも「推理可能か?」という疑問は考えてみればちょっと奇妙です。

 "推理"なんて簡単な単語の意味をいちいち確認するのも間抜けに思えますけれど、念のため辞書をひいてみます。 

すでにわかっていることをもとに、まだわからないことがらをおしはかること。

 はい、これだけです。単純ですね。こんな簡単な言葉に意味のブレも何もないように思えるんですけど、実はこれが結構あるんです。ことミステリーというジャンルにおいては特に。

 「この事件は推理可能か?」という文面について考えます。上述したとおり、「推理」とは既に判明している要素を手掛かりとして、まだ分かっていない要素を「推測」することです。さて、これは可能でしょうか、不可能でしょうか。「そんなのものは場合による、具体的な個々の事件について可か不可かを議論すべきであって一般論で語ることなど……」みたいな反論が頭をよぎりましたけど、実はこれはそういうレベルの問題ではありません。

 だって、どんな事件であれ、「推測することすらできない」事件ってどんなのですか。複雑な条件なんていらないんですよ、「殺人がありました」とかでも十分です。それだけでも「殺人というからには人が殺されたんだろうなあ」「人が殺されたからには誰かが殺すか何かしたんだろうなあ」「ほんとに人が死んだのかなあ」「どうせ夢オチなんじゃないかなあ」とかその程度の「推測」は可能*1です。そして、これってもう「推理」の要件だって満たしてますよね? 例外はあんまり思いつきません。*2

 どんな事件であれ、よっぽど神話的に捻くれてない限り「推理」は可能です。では、どうしてミステリーというジャンルでは「推理可能か?」なんて疑問がまことしやかに議論されたりするんでしょうか。

それは、推理という言葉が先ほど示した辞書的な意味とかなりかけ離れた意味で用いられているからです。おそらくは、本人たちにも自覚のないまま。そういった場合に用いられる【推理】という言葉の意味はこんな感じです。

 既に分かっている事実を元にして、まだ分かっていないことを論理的に解明すること

 と。つまり「作中で提示された手掛かりから、事件の真相を論理的な手順によって確定的かつ一意的に看破することは可能なのか」という話になっているわけですね。一種スラング的な用法になっているわけです。

 もし現実の事件について考えれば、こういった意味で【推理】可能な事件なんてそうそう滅多に存在しないことが分かるでしょう。手掛かりが足りない状況で頭を捻ってあれこれ考えるだけでは、【推理】していることにならないというんですから。

 別に言語戦争やってるわけでもあるまいし、ある議論の中である言葉がどのような用法で用いられても気にしません。アンパンがアンパン。でも、それで意味がブレてしまって厳密な議論に支障をきたしてしまうようならたいそう不便ではあるでしょう。

 要は、前者の一般的用法における「推理」と後者のスラング的な用法における【推理】がごちゃまぜに使われていることが問題なのです。人によって使い方が異なるだけならまだマシな方で、同じ人でも場合によって前者の「推理」と後者の【推理】をごちゃまぜにしちゃっていることがミステリーの議論では結構ザラなんです。ていうか私も昔ここの区別が曖昧で痛い目見たはずなのに、数日前の記事でまた同じことやってました! 雛身沢研究メモの人のプレイ前記事を読んでようやっと目が覚めましたよ! イリさんありがとう!

 『うみねこのなく頃に』の紹介文では「推理は可能か、不可能か」なんて惹句がデカデカと掲げられています。この【推理】という用法は、スラングとしての後者の文脈で解釈するのが適当でしょう。

 けれど、いざ私たちプレイヤーが「推理するぞー」と考察やら謎解きやらを始めたとき、この「推理」という言葉は一般的な前者の意味に転じます。「考える」という動詞と大差ない文脈で「推理」という言葉が使われはじめるのです。

 これから『うみねこのなく頃に』について色々描いていくことになると思うので、この辺の瑣末なごたごたを避けるため、今後このサイトでは「真相が看破可能であるかどうか」という文脈で【推理】という言葉を使うのはできるだけ避けようと思います。代わりに「看破可能性」とかその辺の言葉を使うことになるでしょう。前者の意味で「推理」という言葉を使うときも、できるだけ紛らわしくならないよう気をつけます。

 「うみねこ」公式でも「推理可能性」という言葉が使われてるくらいですし、この言葉の音自体をかっこよく思う気持ちもあるので微妙に悩むところはあるんですけど、紛らわしくなるよりはマシということで。ああ日本語難しい。絶対言語欲しい!

*1:追記。この辺の主張は、「推理」という言葉の「ニュアンス」をちょっとないがしろにしてしまい過ぎたかもしれません。コメント欄で指摘いただいたのでご参考に。

*2:あったらあったで「ゆらぎの神話」のネタにできるので教えてください。例外を模索したり矛盾を許容したりすれば多分見つかると思います。