『水滸伝(九) 嵐翠の章』
一丈青扈三娘さんが梁山泊の仲間入りを果たす顛末はわりとあっさりと流されて、これはこれで確かに北方さんらしい進め方だなと思いました。梁山泊に一族郎党を皆殺しにされたことを受け入れるまでの彼女の心の動きはあえて描くことを避けられた感じで、次に登場したときの彼女は既に堂々とした梁山泊の戦士でした。
最初こそ「海棠の花」と美貌を謳われて勝気なじゃじゃ馬っぽく描かれていた彼女も、梁山泊の一員と認められてからは一人の「漢」として扱われます。そこからは彼女自身も一人の「漢」として振る舞い、ちゃんと軍規を守れる人間であることを示しました。
北方さんの描く「女性」が見たいという気持ちもありましたけれど、結局北方さんは「漢」を描くことに全身を傾ける作家さんだったのでしょう。ただしその心さえあれば扈三娘さんのような女性でも「漢」になることができ、北方さんはそうやって「男性」ならぬ「人間」を描いているのだと思います。
扈三娘さん関連では、独竜岡での大敗を経て大きく成長しようとしている敵方のブレイン聞煥章さんが、こと扈三娘さんに関してだけは恋わずらいで冷静でいられなくなってしまうのが萌えすぎます。
あと解説。シリーズのこれまででいちばん面白かった解説かもしれません。文面ではあれだけぼろくそに文句を言って、でも結局はその言葉の全てが作品を賞賛するところに立ち返っていくという捻くれた構図。本編の方が直球すぎるほど直球なだけに、そこに異質な一味を添えるよい解説だったと思います。