『チルドレン』 - 正しいダブルスタンダード

チルドレン (講談社文庫)

 陣内さんはずるい! 不当です!

 この短編5連作の全てに登場してお話の中心となる陣内さんは非常にいい加減な人で、いわゆる「ダブルスタンダード」を絵に描いたような人です。家裁調査官の彼は、ある時は「子供は一人ひとり違うのに」と紋切り型の対応を批判するくせに、別の状況では「ガキなんてみんな一緒だよ」と放言します。

 にも関わらず、彼の言動はいつも状況を良い方向に導きます。彼の破天荒な行動が膠着した事態に風穴を開けることもあれば、見当違いのアドバイスが偶然功を奏することもあります。

 その場その場の判断は出鱈目に見えても、全体を通して見れば彼の行動は確かに一貫して問題を解決しています。一見矛盾するように見える判断基準が実はもっと上位の指針によって統制されていて、そういうものをダブルスタンダードと呼んでしまう危険性が世にあるのかな、とは感じさせられました。

 ただ陣内さんずるいなーと思うのは、彼の行動が悉くいい結果を生んでるのって、根も葉もない言い方をすれば結局作者さんがそう作劇しているからなんですよね。私たちが実際に陣内さんみたいな言動をしたとしても、ものごとが良い方向に転がるとは限りません。取り返しのつかない事態に陥って後悔する可能性の方が遥かに高いでしょう。大いなる結果論。

 だから、陣内さんの存在はファンタジーなのだと思います。そもそも伊坂さんは善/悪をはっきりと書き分けるところのある人で、根本的なところでそういうファンタジーの気持ちよさがあるんですよね。そういうところが、伊坂さんがコアな読者に寄らず広く一般に読まれている由縁なのかなあと思います。