ストーリーは忘却され、印象だけが残る - 森博嗣『フラッタ・リンツ・ライフ』

フラッタ・リンツ・ライフ―Flutter into Life (中公文庫)

 Flutter into life。リンツて。このカタカナ表記だけでごはん一杯はいけます。じっと見てるとゲシュタルト崩壊起こしそうなタイトルですね!

 よく考えたらとてもエンターテイメントなんて呼べない筋書きですけど、それをエンターテイメントを読む時と同じ感覚ですらすら読ませてしまう森さんはやっぱり凄いと思います。内容が摩擦抵抗なくすっと頭に入ってくるし、何より読んでいてエンターテイメントと別の意味で面白い(興味深い)んですね。

 空のお話なだけあって、空気を読んでいるような感覚があります。だからストーリーなんかはすぐに忘れてしまいそうなんですけれど、後に何も残らない薄味な作品というわけでもありません。たとえストーリーという外膜を忘れ去ってしまっても、その中に包まれた清浄な"空気"の印象いつまでも心に残るという気がします。

 思えば一作目の頃から、このシリーズはある強い印象を持って心の中のある部分を占め続けています。それなのにお話の筋はというと実に曖昧で、しかも続編を読んでいてもそのことが気になりません。そういう種の作品もあるということなのでしょう。そいういえば森さんはこのシリーズを「本は順番など関係なしに読める」ことを証明するために書いたとも言っています。

 それにしても、amazonの書影を見てあたしゃ絶望しましたよ! こればっかりは元の装丁の方が好きです。映画がどうこうでなくて、元のあの空の装丁が美しすぎたのです……。