MYSCON10感想、および若者におけるミステリーの現況について。あとうみねこ。

  • 目次
    • 「夜の部」開始
    • 読書会「天帝のはしたなき果実」
    • 若者とミステリーの現状
    • 予想外に「うみねこのなく頃に」の話
    • MYSCON閉会

 下僕のtimetideに参加させて私は千里眼でこっそり覗いていたMYSCON10の感想を箇条書きメインでー。あえてオフレポとかでなく感想記事のスタイルにするのがこのサイト然としていてよろしかろうと思います。企画催しへの参加よりも、隅っこで雑談してる時間の方が多かったので、これ企画としてのMYSCONの感想か? という個人的会話のまとめ的な内容になっちゃいましたが……まあ意義深い話が多かったと思うので。

 副題として「若者におけるミステリーの現状」と入れました。丸一日近いMYSCONを通して、若者の中でのミステリーの希薄化という問題について考える機会がなにかと多かったからです。いちおう若者、というか素人に近い範疇に入るかと思いますが、そのサンプルとしての一意見にでもなったらなと。後半けっこうな分量「うみねこ」の話をしてますが、これもテーマに沿ってはいるかな? と。

 大まかに「昼の部」「夜の部」。昼の部はミステリー作家さんをお呼びして公開インタビュー、夜の部は夕方から深夜(体力が持つなら朝まで)にかけてファン同士の交流会。という感じ。ミステリーというジャンルにおいて、SFセミナーやLNFに近い位置づけのイベント……と言っていいんですかしら。

「昼の部」は舞台/客席がはっきり分かれたイベントなので、客席側からの体験はわりと一様であるかと思います。一方「夜の部」は複数の企画が同時並行したり、それとは別に隅っこの方で話し込んだり……と自由移動度が高く、人それぞれ個人的な体験の比重が大きいです。この記事では重複を避けて、「夜の部」に絞って感想を記載します。昼の部に関してはことひとさんのレポートなどを参考どうぞ。

「夜の部」開始

 まず全体(50人超?)で集まって乾杯しつつ、人数当てゲームで歓談。「ミステリー四大奇書を一冊も読んだことない人」みたいな出題を考えて、10人に近いほど高得点*1というアレ。ちなみにこの出題は、かなり10人に近い結果になったはず。この数が多いのか少ないのか分からない不思議空間。

 一時間ほど休憩があって、その後はいくつかの部屋で同時並行に企画が進んでいくという流れ。観察した感じでは途中入退も特に問題ないようで、人の動きはかなり流動的。、推理ゲームのCLUEを広げてうんうん唸ってる一角もあったり(id:kirisakinekoの師匠さんがいろいろ持ち込まれておりました)。以下、自分が見ていたものだけプロット*2します。

読書会「天帝のはしたなき果実」

 古野まほろ『天帝のはしたなき果実』の読書会。id:tsurubaは蔓葉さん主催。『天帝〜』の感想文はまた別記事として載せるつもりですが、なんとも毀誉褒貶ぶんぶぶんな作品でありました。批判しようとしたらいつの間にか誉めてるし、誉めようとしたらけなしてる……という類の。

  • しょっぱなから、あまりにも冗長だったり読みにくかったり無茶苦茶だったりする難儀な作品
  • 展開早引き表のあまりの凄さに、未読の人からなんじゃこりゃという悲鳴
  • でも後半〜終盤150ページほどの区間のみ、笑えるほど高密度の「本格」になっている
  • 「本格」パートの150ページが、「流水」的過剰でサンドイッチされているという構成
  • 伝統ある「本格」の流れは本作に継承されているが、なぜかその表現形式はこのような奇形的変貌を遂げている
  • 奇形的体裁で包んでいるからこそ、今でも「本格」を続けていられるのではないか
  • 何にしても、手段ではなく目的として強度あるミステリーを書いている希有な若手
  • 説明なしにマイナーな話を持ち出しすぎる、それは文章が下手だということではないか
  • 「説明なし」であること、「わからない」こと、その感覚自体に価値を感じる層が若者の中に生じつつあり、その手の読者には受けるだろう
  • 「わからない」を演出する衒学趣味はきっと意図的なもの
  • 出典文献が「付け焼き刃です」をあえて誇示するようなラインナップで酷い
  • 以降の続刊も文献のラインナップが全く変わっていない。わざと?
  • 面白いんだけど、なかなか人に薦める気にはならない……
  • 長いし
  • 「本格」パートだけだったら読むのに
  • ルビ無視したら読めるよ
  • 「本格」パートまでは数ページずつ飛ばし飛ばしに読んでいいよ
  • 若者向けなんだし、ラノベの人に勧めてみるといいのでは
  • ラ管連のことかー!


 2時間くらいぶっ続けで語って、一段落ついたのはもう零時前。読書会後の会話の内容も混ざってるかもしれませんが、おおむねこのような感じでありました。知名度的になかなか頭の見えてこない印象のある作家さんではありますが、「若者におけるミステリー」を語る上では、ひとつのコアとなりうるのかなと。で、もうひとつのコアが竜騎士07さんであったらいいなー……という私のいつもの希望的観測については、下の方で語ります。

若者とミステリーの現状

 わりとあっちこっち目が泳いでて、ちゃんと一部始終つきあったイベントが上記の読書会だけだったので、後は雑談の話題メインに書いていきます。

 深夜のゲリラ企画として、過去10年のMYSCONを振り返り企画が行われていました。その流れで今後のMYSCON展開について触れられていたこともあり、隅っこ雑談も「若者の中でミステリーはどうなってるのか」という話題をid:drunkershighの湊さん中心に。うちの下僕が「若者のサンプル」とみなされていたようですが、はたして妥当な標本だったのかどうか……。

  • SFと同様、ミステリーも拡散して偏在するようになった(消えたわけではない)
  • ワープやレーザーや密室やトリックが一般化したように、最近は「叙述トリック」も一般化して、ライトノベル美少女ゲームで使われたりしている
  • しかし、本格推理のように突き詰めたものが減ったのもまた事実(消えたものもある)
  • 近年の大衆小説やライトノベルなどは「ミステリー」そのものを目的としているわけではなく、小説を書くための手段という感触がある
  • 「手段としてのミステリー」を越えたことをしようとしている希有な若手を挙げるなら、その一人は古野まほろ
  • 竜騎士07の名前を挙げさせてみるものの、居合わせた中にやってる人はおらず……
  • 古野まほろ竜騎士07のように、個人として強度あるミステリーに関わっている若手はいる
  • しかしそれは、現状では「個人の仕事」で終わってしまい、「社会派/新本格/変格」*3といったエポックな「流れ」を作るには至らない
  • SFはミステリーと比べちょっと元気に見える
  • SFは作家や作品のパイが少ない分、コアなところにいる作家の名前がいつでも共通認識されているし、世代交代も慌ただしくない
  • ミステリーは賞や刊行数が多いため流れが速く、すぐ「過去の人」になってしまう
  • 若者の間で、ミステリーの読み手は減った?
  • 昔は「はじめての読書」として乱歩とかクイーンを呼んでたはずの層が、今はライトノベルを読むようになってしまった?
  • それとも、若者のミステリー読者が目立たないだけで、数としては存在する?
  • ミステリー系のサイン会では、今でも多くの若者を目にすることができるらしい

 草の根活動で下から地道に支えていくか、さもなくば市場を換えるくらいの面白い作品を書いてしまうか……という二極的な提案になりがちで、マスに影響を及ぼすのは並大抵の労ではないという。そこで最初にできるのが、現在埋もれがちになってしまっている若手のミステリー作家をちゃんと読んで、評価していくことだ……と考えると、やっぱり古野まほろとか北山猛邦とか竜騎士07を読もう! ということに、なったり、しないかな……。

予想外に「うみねこのなく頃に」の話

 で、宴もたけなわ、というか皆さんさすがに徹夜は厳しく一旦おやすみになられ方もおられ、そういった方が再び起き出してくる明け方ごろ。なにかの拍子に「ひぐらし」という単語を聞きつけて飛びついて、あとは閉会の号令がかかる最後の瞬間までずっと*the long fish*の杉本さんと『うみねこのなく頃に』の話をしていたと思います。MYSCONで「うみねこ」の話ができるとはあまり思っていませんでしたが、予想外に盛り上がりました……ただし二人。どうしても私見混じりのまとめになりますが、おおむね次のような話題が上ったはず。

  • 普通のミステリーでは、キャラクターの心理は信用でない
  • キャラクターは簡単に読者を裏切る、だからこそ動かしがたい「事実」こそを信用し、推理の拠り所とする
  • 竜騎士07はこれとは逆で、「事実」は信用できないが、キャラクターの心理は信用できる
  • →こういった作風が、"個々の出来事ではなく、そこから帰納的に類推される人間の行動パターン=「法則」こそを推理対象にする"という「ひぐらし」の論法に繋がる
  • ひぐらし」時点の作者にはジャンルミステリーについての教養がなかったため、あんな形に終わってしまった
  • しかし「うみねこ」では作者が理論武装しており、ロジカルに、しかもより挑戦的に作品を組み立てている
  • 惜しむらくは、「ひぐらし」の評価が散々だったため、ミステリ者の間で「うみねこ」は評価される前に見限られていること
  • うみねこ」は、ミステリーという発想において、間違いなく新しい試みをしている
  • それは単に無茶苦茶だったり、既存の形態を無視しているだけだったり、表層的な雰囲気を真似ただけだったりするものではない
  • ただし、作者はミステリーという「ジャンル」の正統な流れから生まれた人ではないので、その斬新さは「過去に突き詰められたものをさらに煮詰める」という方向性で現れるものではない
  • むしろ、過去のミステリーが無条件に受け入れたり、取り決めたりしてきた「前提」を、ひとつひとつ解体する方向に動いている
  • たとえば「地の文の信頼性」の問題。その絶対性を確保しようとしてきた先人と逆の方向性を「うみねこ」は追求していて、「地の文が信用できないのは推理の大前提」というところにまでルールを解体した

「前提」を撤去することで「枠を広げる」のが、本作の方向性です。ただし「枠を広げる」といっても、それは昨今の"ミステリーのカジュアル化"とは全く逆の、「突き詰める」指向を持った動きでもあります。カジュアル化によって境界を曖昧にするのではなく、「枠」が存在し得る限界の境界線をロジカルに表現しようとしている……とか言えれば理想的なんですが、実際はもっと危うかったり粗があったり、見ているこちらとしては冷や冷やするようなところも沢山あって……。

  • 「ルールを解明すること自体が問題の一部」という趣向がある以上、どうやってもアンフェアではある
  • 一回出題したらそれっきりの推理小説と違い、「うみねこ」は連作なので、推理の手がかりは毎回小出し=「(一回目で)解けるようにはできていない」
  • 数万人のプレイヤーが人海戦術であらゆる可能性をしらみ潰しにしてくること前提に作品が作られているので、「解答を理論的に導ける」ような問題の出し方をしていないのはむしろ合理的
  • ただ、「個人」としての立場でこの作品に挑むのは、なんとも勝ち目の薄い絶望的な苦行
  • 突き詰めて考えたポイントが「作者が深く考えてなかっただけ」というオチだったら目も当てられない
  • 完結編が出ていない手前、最後の最後でぶっちゃけられる恐れもあり、不安が拭えない
  • 「いやそんなまさか……そんなミもフタもないことは……」「でも"あの"竜騎士だったらありえるかも……」
  • 竜騎士07問題 "作者の性格を想定することによって事件の真相、探偵の推理が左右される"
  • 信用できない「書き手」……

 と、なんかどんどん見通しがあやしくなってきて、苦虫を噛みつぶしたような顔になっていくという……。

 それにしても、ミステリーに関してしっかりした素養のある人から「うみねこ」の評価をお聞きできたのはとても有意義でした。ミステリー世界の窺い知れぬ深淵では既に似たような試みが行われていて、私がいくら「凄い!」と喧伝しても、実はそれは車輪の再発明で……なんていう不安がいつも心の片隅にないでもなかったんですが、そういう方面での心配をする必要はおそらくないのだろう、ということを今回確かめることができました。

  • しかし、「うみねこ」をあえてミステリーというラベルの中で語る必要があるのか?
  • 「アンチミステリーVSアンチファンタジー」という惹句が象徴するように、「うみねこ」はミステリーの文脈と他の文脈を衝突・反発させる表現であり、ミステリーの外部に片足を突っ込んでいる
  • それは、ここにいる人が望んでいるものとは限らない
  • ただしいずれにせよ、ミステリーという文脈との関係性はこの「うみねこ」にとって不可分なものであって、「雰囲気を似せただけの無関係なもの」では決してない
  • とにかく、ミステリーに関わる何かしら新しい試みに触れたい人は『うみねこのなく頃に』をやるといい
  • ただし、過去の流れの方向性をそのまま継承した"進化"では全くないから、口に合うかどうかは何とも言えない
  • そしてなにより、なにぶん前半だけで40時間かかるのは辛い

 うみねこ普及への道は遠い……。

MYSCON閉会

 だ、だっせんしまくりました。ともかくこのようにめいめいが好きな話をしている間に、夜は更け明けて閉会の儀に至るのでした。おそろしく濃ゆい時間であったと思います。

 ぽつんと一人で放り出されるとさすがに間が持ちませんが、一人、二人でも話せる人がいれば、一晩を十分に楽しめる場であったと思います。「ミステリー」が共通前提となる空間ですが、その中でも世代や嗜好によって色々な偏りがあり、ちょっと異なる知見からの意見交換も盛んに行われる場という印象でした。

 そんなわけで、自分がどれほどの教養を積んでいるかとは別問題として、ともかくミステリーという分野に対する「興味」さえ持っていれば、十二分に有意義な時間を過ごせるイベントだったと思います。新規の参加者は呼び込んででも歓迎したいという雰囲気でしたし、地理と時間が許すならミステリーへの門を叩くくらいのつもりで参加してみるのもよさげかと思います。次回のMYSCON11は一年後ですが、オフシーズンのスピンオフ企画もあったりするようで、入門的にはちょうどよいのかなと思います。

*1:高得点というのは嘘で、10人との差分が失点になります。失点が低いほど優秀というゲーム。

*2:こんな用法ある? ないですか……。

*3:この程度の歴史認識あやしい