『WORLD WAR Z』

WORLD WAR Z〈上〉 (文春文庫)
 戦争記録インタビュー集という体裁のモキュメンタリーなのですが、タイトルは第Z次世界大戦とかゾンビ世界大戦と訳すそうで、要は世界的なゾンビ・パンデミックによる大パニックで壊滅状態に陥った人類が体勢を立て直し、反撃に打って出て見事ゾンビ鎮圧にいたるまでの一連の流れを「世界大戦」と表現しているわけですね。

 インタビュー相手はアメリカ本国から南ア、中国、インド、神聖ロシア帝国(えっ)と多岐にわたり、所属も軍人から民間人までいろいろ。ゾンビと戦う個人の冒険活劇に焦点を当てた作品ではないため、ゾンビものでありながら社会派小説でもあるという、面白い取り合わせになっています。とはいえ、インタビュアーはほとんど自分の意見を差し挟まず良き聞き手に徹しているため、直接的なテーマ性とかメッセージ性、積極的な価値観の提示というものは行われていません。個々の主張を否定も肯定もせず、人々の生の言葉をただそのままゴロリと並べていくだけの本書は、物語に「有益な教養」を求める向きには物足りないものがあるかもしれません。そういう意味で、本書は社会派の体裁をとりつつも根本的にはジャンクなゾンビ小説です(なお、私の観測範囲では社会派的なものをあくまでジャンク的に消費する態度(?)*1を指してボンクラと自称してる人がけっこういるのですが、その文脈で言えば本書はたいへんよくできたボンクラ小説と言えるのでしょう)。

 とはいえ、いきなり人類規模で社会機能が壊滅したような絶体絶命の状況で、それでもなんとか生きのびようと必死こいて手を尽くす人々の姿を見ていると、まあなんというか元気が出ますね。絶体絶命の窮地に陥った時こそ人間の本質が現れる、みたいな論調は好きではないのですが、もっとミもフタもないボンクラ的娯楽として「人が必死こいて這いずっとる様眺めるんはええもんやのうー(アホ面)」という楽しみ方はあると思います。倫理的にどうこうよりも、ともかく「力強い」と思える作品でした。

*1:この定義が正しいのかどうかはよく分かりません。