神話、引喩、オカルトパンク。一部で妙に評価が高いWeb小説『幻想再帰のアリュージョニスト』とは

 この小説が面白すぎてもう辛抱堪らなくなったので(エア)ステマ*1です。

 異世界転生保険とは契約者本人を受取人として、保険量である新たな人生を給付する制度である。

 身の程を知らない、馬鹿な思いつき――そのような予断に基づいて下された攻撃命令。暗号通貨の交換所に攻撃を仕掛けた十六人の呪文使い達が一人残らず攻性防壁で脳を灼き切られたばかりか、感染呪術によって三親等以内の親族が皆殺しにされるという大惨事に直面して、ようやく【公社】の電脳保安部の責任者は事態が自らの手に負えないレベルにあることを認識した。

 事象改竄系過去遡及呪文【叙述悪戯】。
 語りの焦点をずらし遠近感を狂わせ、時間を遡って過去の事象を再解釈し、『実はこうだった』という事実の開示(に偽装した過去改変)を行う類推呪術(アナロギア)の一種。
 性別誤認、年齢誤認、人物誤認、数量誤認、状況誤認、時間誤認、動機誤認、行為誤認――
 それらは発覚した瞬間、『今までそうだと思っていた確かな事実』を歪め、『実はそうではなかったという気付き』によって事象を上書きしてしまう。
 『信用できない時制と語り手の解決』と呼ばれる呪文の基本。


 ……っというような文章を読んでワクワクできる方。悪いことは言いません、『幻想再帰のアリュージョニスト』を読みましょう。サイバーパンク、オカルトパンク、ダークファンタジー、伝奇、神話、呪術、ネットミーム、承認欲求……あとなんか色々、そんな要素をごった煮に詰め込んで見事にまとめ上げたライトノベル、あるいはもっと広い意味での群像活劇エンターテイメントがここにあります。ぶっちゃけ本心としては、知識がまっさらなまま今すぐ本編の方を読みにいってもらいたいくらいです。よって以下の文章は全て蛇足なのですが、本作の存在を一人でも多くの人に知ってほしい、読んでほしい。そういう願いを込めて『幻想再帰のアリュージョニスト』を紹介してみたいと思います。

どんなお話か

 本作はダブル主人公制の異世界ファンタジーです。近未来の日本から異世界転生保険で転生してきた隻腕のサイバーカラテ使いシナモリ・アキラがオカルトパンクめいた暗黒街で仲間の魔女たちと呪術バトルを繰り広げるパートがひとつの軸。駆け出しの修道騎士 兼 言語魔術師アズーリア・ヘレゼクシュが呪術少女たちとパーティ組んで迷宮探検したりレアモンスター退治したり百合百合したりするパートがもうひとつの軸。かたや血みどろの殺伐チンピラ世界、かたやカワイイ魔女たちの剣呑イチャコラ世界(やや語弊)とずいぶん毛色が異なりますが、そういう視座の多様さこそが本作の魅力です。なおいずれにしても人の命はお安い模様。

 世界背景は小島アジコさんの紹介記事が視覚的にも分かりやすいのでそっち見ていただくのがいいと思います。世俗化した宗教勢力によって支配される「地上」は異種族を「異獣」呼ばわりして排斥・同化することで成り立つ資本主義社会。一方の「地獄」は多種族的な福祉共生社会ですが、資源枯渇の危機に瀕して地上の聖女の命を狙っている……と、まあいろいろ歪んだ背景を土台として、修道騎士団やら魔女の秘密結社やら企業やらヤクザやら魔王やら神々やら転生保険会社の掃除屋やらが跳梁跋扈します。複数勢力が入り乱れて神算鬼謀の限りを尽くす群像活劇、そしてそこに巻き込まれた主人公たちの行方は……って感じのお話ですね。

 オカルトパンク、と大ざっぱに括ったように、「技術」として十分に発達した呪術は私たちの知る系統とは異なる「科学」で世界を近代化させています。メディアもあればネットもある、大量生産・大量消費社会です。一方で呪術は再現性のない「神秘」としての側面をも守り続けていて、神話時代から続く魔女の秘密結社が世界への影響力を持ち続けていたり、個人に過ぎない高位呪術師が軍隊を凌駕する戦力として戦争の趨勢を決定づけたりしています(このへんはいかに魔法の「科学」的体系化を避けるかっていう問題意識に対するひとつのアプローチになってるかと思います)。

 モノの溢れる街を後にして迷宮の中に一歩でも踏み込めば、そこはもうMMOめいたRPGの世界。四つの系統に大別された呪術、「杖」と「呪文」と「邪視」と「使い魔」が縦横無尽に駆け巡り、テクノロジーと言葉遊びと世界観と関係性、「自然科学」と「人文科学」と「人間の本性」と「社会科学」がせめぎ合うケレン味溢れる異能バトルが繰り広げられます(なに言ってるか分からないと思いますが、とりえあずノリと雰囲気が伝われば)。

 ……っと、細かい背景を説明し始めるときりがないので、この辺で。さらっと表層を触れただけでも、雑多な要素がばんばん詰め込まれてる印象を持たれたかと思いますが、実際まったくその通り。本作には様々な分野の教養や、神話・既存作品からのモチーフ、さらにはネット上で日々囁かれるしょうもないネタに至るまで、ちょっと過剰なくらい多様な要素が参照・引用されています。タイトルにアリュージョン(引喩――引用を利用した修辞法)と冠されているとおり、作者の「最近」氏は本作が借り物のイメージの集積から成り立っていることを隠そうともしていません。後述しますが、むしろこの積極的な引喩を駆使するスタイルこそが本作を貫く思想ですらあるのです。

コントロールされた混沌

 というわけで、本作を読みはじめた人は色々な意味での"過剰さ"に面食らうかもしれません。「異世界転生保険」という異世界転生モノのパロディとして始まったかと思えば「サイバーカラテ」とか言いだし、ああニンジャスレイヤーリスペクト小説なのねと思ったら「異世界で言葉が通じないから身振り手振りでコミュニケーションをとらなければならない」というハードで七面倒くさい状況をがっちり描写し始める。一見ハック&スラッシュRPG風の迷宮世界だけど、火属性とか水属性とかの分かりやすい魔法理論ではなくもっと文化人類学的な「呪術」的世界観を背景としているらしい。色々な要素が次から次へと提示されるので、読者には本作の「核」がどこにあるのかなかなか見定められません。

 そのうえ、本作は分量も大長編クラス。連載開始から5ヶ月半で160万字……と言ってもちょっとピンと来ないかもしれませんが、だいたい10万字くらいから薄めの文庫本を1冊を出版できる、と言えば、この出鱈目さが伝わるでしょう。じっくり文庫数冊分の時間をかけて迷宮内暗黒街の話をやったかと思えば、新章開始とともにいきなり主人公が交代して魔女たちの百合百合イチャコラ話(語弊)がまた文庫数冊分も続く。目の前で繰り広げられる物語を追うだけでも十分面白いのですが、展開が飛躍する範囲とタイムスパンがあまりにも広大なため、ちょっと振り回されるような感覚を覚えるかもしれません。

 だから、多くの読者は「これ、まとまるのか?」と不安に思うはずです。作者の持てる知識と"やりたいこと"を節操なく詰め込んだ大風呂敷の先にあるのは、収拾のつかない破綻ではないのか。展開がころころ変わるのは、作品自体が行く先を見定められていないからなのではないか、と。

 まあ絶賛調の紹介レビューでこんな話をするからには答えは決まっているのですが、これがしっかりまとまるわけです。冒頭でネタとしか思えない登場の仕方をしたサイバーカラテはやがて本作のテーマの一軸を担う重要な要素に昇華されていきますし、一見節操がないように見える雑多な記述は"様々な視座のせめぎ合いで成立する"本作の世界観の何よりの表現です。奇矯で支離滅裂に思えるキャラクターたちの行動は、その実彼らの内面に秘められた行動原理に則って一貫しています。ある程度読んでから再読すると分かるのですが、100万字越しで回収されるような気の長い伏線も実は序盤からばんばん張られている……というよりは、根本的な世界背景とプロットの大枠があらかじめイメージされているため、ひとつひとつの描写が有機的に絡み合っていて、最終的に"伏線"として立ち上がっていっているように見えます。

 未来を"回想"する巫女さんが出てきてかなり先の展開を予言したり、全9章予定*2であると作者さん自身が発言してたりもするので、実際本作は終着点を見定めて書かれているタイプの物語であるようです。あんまメジャーな例でなくて申し訳ないのですが、話の作りや伏線の使い方は『ランドリオール』とか『胎界主』に近いものを感じます*3。もちろん本作はまだ連載途中なので、終わり方がどうなるかなんて分かりませんが、各章のラストはしっかりと締まっているので「そこそこ綺麗に風呂敷を畳んでくれそうだな」という安心感、信頼感を私は抱けています。

 これだけ様々な要素をぶち込んだ混沌とした作風でありながら、全体としてはちゃんと制御されている。その驚くべき構成力とバランス感覚は、趣味や感性の相性をひとまず脇に置いたとしてもなお定量的に評価せざるをえない、ある意味本作の最も図抜けたところだと思います。そのスケールがあまりにもだだっ広いので、読んでる側になかなか全体像を掴ませてくれないのが玉に瑕ではありますが……。あとまあ全体的に重いし長いので、読み進めるにはそれなりに気合いが要るかもしれません。2章以降は1話あたりの文字数がそこそこ抑えめになってくれるので、1章が最初の山ですかねー。2章から本腰入れて描かれる呪術的世界観がとにかく面白いので、どうか是非そこまで。

「本物」に立ち向かう「まがいもの」

 ……大枠の紹介はこんなところかと思うので、以下は私の個人的興味の視点から趣味的感想です。そんなもの興味ないけどアリュージョニストは面白そうだと思った人は躊躇なくこのページを閉じて本編読みに行きましょう!


 はいじゃあ後は蛇足の蛇足なのでだらっと書きます。本作の大きなテーマのひとつが「引喩」であり、様々なイメージを外部参照することで作品世界を形作っていることは上述しましたが、ここでひとつの批判を想定することができます。曰く、「借り物のイメージをいくら積み重ねたところで"ほんとう"の価値を創り出すことはできないのではないか」「いくら面白そうに見えても、既存のものを組み合わせただけの付け焼き刃は決して"本物"に適わないのではないか」

 この問いかけは、本作の物語の前に何度も立ちはだかってくる問題です。主人公の一人は情動制御プログラムで脳を弄って自己正当化しなければ戦うことも決断することもできない人間のクズですし、別の主要キャラはそもそも普通の意味での自我を持たず、他人の中にある自分のイメージを参照することでようやく形を保っている不確かな生物(非生物?)です。件の「サイバーカラテ」も、集積されたデータから最適な動きを割り出してアプリの示す通り動けば誰でもタツジン並みの動きができる! 恐怖は情動制御アプリで克服せよ! って代物であって、この思想の中には人間的な成長もくそもありません。「精神の成長」や「新しいものを創り出す力」にこそ人間の真実を見出す人は、彼らのことを「まがいもの」*4とみなすでしょう。

 では本作は人間の精神力や決断力、努力や成長を無意味と断じて嘲笑するニヒリスティックな作品なのかというと、決してそんなわけでもありません。主人公の周りには自らの力で運命を切り開こうとする強い意志を持った人物、強固な存在級位を持った尊敬すべき人物が魅力を持って描かれています。あるいはそういう「本物」の力が目の前に立ちはだかり、「まがいもの」にすぎない主人公を大いに苦しめたりもするのです。

 自分の力は、存在は「まがいもの」にすぎない、と突きつけられたとき、では「まがいもの」の自分を捨てて「本物」を目指そう! とはならないところが、本作の面白いところです。付け焼き刃の力、借り物の自己像、そういうものに頼ることで生かされてきた主人公は、自身の「まがいもの」としての在り方を貫きます。「本物」と「まがいもの」を峻別し、前者を良しとする思想にとって、これは噴飯ものの開き直りでしょう。しかし、彼らは臆しません。いえ、「"まがいもの"である自分はやはり"本物"の前では取るに足らない存在なのではないか」という自己否定の恐怖と戦いつつも、情動制御で決断をアウトソーシングし、他人の記憶の中に自分を見出して「本物」に立ち向かう。本作に描かれる「まがいもの」の姿は愚かしく滑稽で、それでいて力強くも感じられます。

まあ読みましょう

 と、感性的に好ましいところをひとつ挙げてみましたが、書きたいことはまだまだ色々あります。さすがに紹介記事の本旨からずれるのでこれ以上は書き連ねられませんが、「解釈」を「語る」ことによって事物の本質を変化させる「呪術」のとらえ方がめちゃくちゃ面白いとか、既存の「物語る」ことで既存の神話を語り直す試みが興味深いとか。あと小五マインドをお持ちの面々におかれましては「地獄の十九魔将」とか「修道騎士団守護の九槍」とか「天使の九位階」とか「星見の塔の七十一姉妹」とか文字列見てるだけでワクワクしますね? あとキャラクターの魅力とかこのスペースで語りようがないですがメイファーラすごく良いとか、メイファーラすごく良いとか、はぁ尊い

 壊れ物のようにそっと触れて、静かな部屋の中でひとり優しく愛でたい作品というのもありますが、本作は間違いなくみんなであれこれ話した方が楽しい作品です。言葉は呪力を宿し、「語る」ことによって対象の本質は変化する。複数の視座が世界の確からしさを常にゆらがせ彩り続ける。そんな呪術的世界観を持つ本作を語る行為は、それ自体が作品に対するフィードバックをもたらすでしょう。いやつまりアリュージョニストの話する人がもっと増えて欲しいって言いたいんですけど。ここのところ毎日狂ったように「アリュージョニスト」で検索しては結果に変化がなくて溜め息ついてる私にどうかご慈悲を!(知らんがな)

 えー。本作は今のところ、数あるなろう小説の中の一作品として(一部私みたいな面倒くさめのファンが付きつつあるものの)ほとんど埋もれている感じです。ただ、同じような面倒くさい人に補足されれば絶対楽しまれるはずだと、これは確信しています。かれこれ10年近く、この場末でまがりなりにも感想サイトやってきてそれなりの人に読んでもらえるようになったのは、きっとこういうとき、こういう作品を紹介するためだったのだと思っています。

 まあ騙されたと思って、どうぞ。

*1:作者さんがネット上の友人である点、私が昔やってた創作神話の設定群がアリュージョニストに引用されてる点でのみ一応接点があるので、本当にステマと言われないようこれだけ明記しておきます。

*2:あくまで予定らしいですが。 https://twitter.com/homiya/status/509978759445745664

*3:両方、作者さんも読んでるそうですし。

*4:このへん『胎界主』で言うところの「胎界ブツ」「まがいもの」を意識してます。