異世界/転生ものの視点から紹介する『幻想再帰のアリュージョニスト』

 このところ、なろう小説の異世界(転生)ものに関連する話題を立て続けに見る機会がありました。ほんの数年という短い期間で大量のお約束と類型が形成され、あえてその型を外して意表を突く作品が生まれ、さらに新たな型が生まれ……というスピーディーなサイクルは、ミステリやSFなどでも見られる「ジャンルのお約束」の勃興と衰退の歴史をネット特有の新陳代謝速度で一気に駆け抜けているように見えて、なかなか刺激的です。


 残念ながら私はこのジャンルについてあまり詳しくないので、そんな雑な印象を抱いて面白がる程度なのですが、なろう小説の異世界転生と聞くとどうしても振りたくなる話題があります。

ところで、幻想再帰のアリュージョニストという小説は、異世界転生ファンタジーですが、膨大な資料と知識によって作られていてすごいので是非一読お願いします。

なぜなろう小説に異世界ファンタジーが多いのか - orangestarの雑記


 はい。うちは『幻想再帰のアリュージョニスト』のファン日記なので、例によってアリュージョニストの話をします。

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 異世界転生保険とは契約者本人を受取人として、保険量(インシュランス・クオンタム)である新たな人生を給付する制度である。無事支払い条件を満たしていたのはいいが、新たな世界で目を覚ますと何やら開幕から左手を怪物に食い千切られているという大惨事。おまけに原因不明のトラブルで言葉も通じないわ、現代日本の技術を異世界に持ち込んでしまうわで第二の人生は開始早々に前途多難。戦わなければ生き残れない仄暗い迷宮で、片腕を失った男は現代日本の技術を駆使して戦うことを決意する。現代日本の技術――すなわち、サイバネティクスの粋を集めた、機械義肢とサイバーカラテを。

http://ncode.syosetu.com/n9073ca/


 あらすじでいきなり「異世界転生保険」と出てきているように、この小説は「小説家になろう」で隆盛している「異世界転生もの」の類型を踏まえた内容になっています。言語SFや文化人類学から地獄インターネット炎上あるある話まで大量のネタが注ぎ込まれた作品なので、いくら主要なネタのひとつとはいえ異世界転生ひとつ取りあげて全体を語ることはできないのですが、まあ一度に全体を語るなんてこと自体がそもそも不可能です。今回は『幻想再帰のアリュージョニスト』で扱われている異世界/転生ネタを思いつく限り挙げていき、作品紹介に代えることにしたいと思います。

 なにしろ幅の広い作品なので、細部の理解に誤りがあるかも知れませんがご容赦を(まああまり厳密な設定がどうとは言わず読者の解釈に任せるタイプの作品なので、その)。あと「作品の設定の一部を明かす」範囲のネタばらしは当然含むのでご承知おきください。

異世界転生保険

 腕をしゃぶり尽くしたのか、血まみれの左腕を咥えたままこちらへにじり寄る人狼に対してできる事など何もない。俺の左腕を切断した剣の切っ先が、ぎらりと輝く。
 俺に許された悪あがきと言ったら、せいぜいが傷口を押さえていた右手をむちゃくちゃに振り回す程度――その瞬間だった。
『非常用回線をお繋ぎします。異世界転生に関するトラブルなどに関してはAを、ご契約内容の――』

http://ncode.syosetu.com/n9073ca/1/

 アリュージョニストで転生といえばまずこれでしょう。なんらかの神秘的な力ではなく、人体を量子レベルで再構成する技術や並行(下位)世界の実質的な植民地化など、単なるテクノロジーと経済によって成立している「異世界転生ビジネス」というアイデアが、アリュージョニストで最初に提示される異世界転生要素です。

 格差の拡大した未来の日本社会では、貧困層が現世に望みを持つことは難しく、(もしその資金があるならば)なけなしのお金を異世界転生保険につぎ込んで来世に望みを託します。逆にある程度蓄えのある者なら、魔法の力や強靭な肉体などを転生プランのオプションに組込み、順風満帆な、あるいは波瀾万丈な来世を過ごせるでしょう。来世の沙汰も金次第、転生という言葉の神秘的な響きからは随分かけ離れた世知辛い実情です。

 そのうえ、いくらこの世に絶望していようと自殺では保険が下りないので、円満な転生のためには自然な経過で命を失う必要があります。一刻も早い転生を望む者を「不慮の事故に見せかけて」殺害することで報酬を得る仕事にも需要が生まれ、そんなケチな殺し屋稼業に手を染めていたのが本作の主人公、シナモリ・アキラです(なお、転生希望者の自殺幇助を手がける殺し屋は俗に「トラック運転手」と呼ばれていて、これはなろう小説でよく主人公がトラックに轢かれて転生することのパロディです)。

 この主人公、シナモリアキラ自身が不慮の死によって異世界に転生し、人狼に腕をもがれて恐怖で脱糞し全裸になるところから物語は始まります(恣意的な要約)。転生時の不具合でサイバネ義肢という前世のテクノロジーを持ち込んでしまったことが文化侵略的な側面で問題視されたり、不祥事を揉み消したい転生保険会社が「異世界転移*1」でエージェントを送り込んできたり……といった展開は、異世界転生がテクノロジーでありビジネスである本作ならではのアイデアです。

 また、この転生技術は一度死んだ人間の肉体を量子的に再構成する、いわゆるスワンプマンを生成するものです。この設定は、「劣化コピーやまがいもの」の立場から「唯一の本物」に疑問を投げかけていくことを基調とする本作のテーマによく合致していて、単なるギミックに留まっていません。他にも、転生時の手違いで別の異世界にも別の本人が再構成されて「二重転生」状態になってしまうアイデンティティ的にコワい事故が認知されてるとか、それができるなら量子クローン作り放題じゃんとか、SF的にも面白いアイデアが詰め込まれています。

呪術世界における転生

「もう、断片的な記憶しか思い出せないけれど。私は何度も何度も繰り返してきました。終わりの無い、火竜殺しの旅を」
 それは、未来転生が一度だけではないという告白だった。輪廻転生は、何度も繰り返される。それこそ、無限に。
「第九階層の火竜に焼かれました。第八階層では巨人族との戦争でティリビナ神群の重要拠点を制圧されてどうしようもなくなりました。第七階層では松明が切れて異界に閉じ込められたこともありました。第六階層の大魔将戦は何度やり直したことか。あそこは未だに安定しません」
「ん?」
「他にも呪力源と食糧が尽きて餓死したり、初見の即死トラップで壊滅したり、どうせ治癒の霊薬だろうと鑑定せずに持っていた瓶の中身に敵の火炎攻撃が引火して大爆発を起こして全滅したり、外なる神の露店から貴重な呪具をありったけ盗んで逃げたら追いかけ回されて詰んだり」
「おい」

http://ncode.syosetu.com/n9073ca/126/

 本作の舞台、主人公シナモリアキラが転生した「ゼオーティア」は、模倣子(ミーム)の働きが物理法則に影響を与え、呪術的思考が現実的な力を持つ世界です。作中用語を持ち出すと難解ですが、要は「それっぽい理屈をそれっぽい説得力で認知させれば実際それっぽいことが起こる」と説明できる、かなりふわっとした世界なのだとご理解ください。いわゆる「剣と魔法(棍棒と呪術?)」のファンタジー世界、という理解でも特に問題ありません。

 そんな世界ですから、テクノロジーによって実現される「異世界転生保険」とは全く異なる、本来の神秘的現象としての「転生」も、わりと当然のように存在します。そもそもヒロインの一人からして、「無数の過去と無数の未来、無数の平行世界で幾多の転生を繰り返して数々の伝説を残してきた神話的存在」ということになっています。同一人物の異なる転生体が同一世界に同時に存在するくらいのことも普通に起こりえるでしょう。

 さらには、神話となって語り継がれる虚実入り交じる伝説と実際の転生の記憶の区別がつかなくなったところに呪術の作用も相まって全部本当の前世ということで解決したり、自分の前世を元ネタにしたゲームをプレイしまくって積極的にゲームと現実の区別をなくしていった結果現実世界のステータスとかパラメータを認識できるようになって事実上の「ゲーム世界への転生」を果たしたりと、未来日本のテクノロジーが存在しないゼオーティアでも色々な転生の有り様が描かれます。

 単純な生まれ変わり型の転生の他には、憑依型転生の例も見られます。これは「既に存在する人間の意識を塗りつぶし、肉体を乗っ取るようなかたちで転生を果たす」という物騒なもの。さらに面白い例としては、過去の設定の後出しによる呪術的な歴史改竄により、実は敵対者の前世は自分であった「ということにして」、前世人格を強制的に覚醒させることで敵の人格を抹消しつつ自分の肉体を獲得する過去改変と憑依転生の合わせ技とか、ちょっと何言ってるか分からないような話が出てきてはあっという間に流されていきます(それでもネタの使い捨てにならず、積み重ねていったネタの山がまた別の大ネタを生み出したりしていくのが本作の面白さです)。

 転生の中でも、作中世界でことさら重要な意味を持つのが「異世界転生」です。上の方で模倣子(ミーム)がどうとか言いましたが、この「言葉や文化や認識が伝播して世界に影響を与える力」がゼオーティアの「呪力」の源泉です。感覚が物理法則に優先するこのあやふやな世界では「なんだかわけのわからないもの」の神秘性自体が呪力を持ち、呪術師たちに重宝されます。その「なんだかわけのわからないもの」の最たるものが「異文化」であり、「異世界」であり、「異世界」からやって来た「転生者」である……というわけで、異世界転生者(ゼノグラシア)である主人公シナモリアキラの身柄を巡って呪術師たちが相争うという展開になっていくわけですね。

あとなんか色々

 細かいネタとかを拾っていくともっと沢山ある気がしますが、さっと思いつく主だった転生ネタはこんなところでしょうか。主人公より前にゼオーティアに来ている転生者が既にそれなりの数いるっぽいとか、転生者を狩って能力奪ってスキルポイント割り振りしてる呪術師がいるらしいとか、そもそも地球とゼオーティアに古代? から繋がりがあってラテン語サンスクリット語が呪的に強力な「異文化のなんかカッコイイ言語」としてガンガン輸入されて独自の神話体系と習合してるとかまあ色々出てくるのですが、いくら本作のネタが無尽蔵とはいえあんまり言うと読む時の楽しみを削ぐのでこの辺にしときます。

 書いてて思うんですが、この小説、読んでる時はめちゃくちゃ面白くて興奮するんですけど、その面白さを人に伝えようとした途端に掴みどころがなくなるんですよね……。読者が面白いと言ってるポイントが毎回毎回違うとか、読者の騒いでるネタがあまりにも与太すぎるとか、なんか周りから見てるとギャグやってんのかと思われたりするようで……。いえこっちはいたって大真面目で、ていうかまあアリュージョニストの呪術ってそういう「真顔で与太話をして物理法則を押し返すんじゃ」みたいなところがあるのである意味冗談になってしまうのは仕方ない感はあるんですけど……。

 とりあえず「アリュージョニストの全体像を一言で語ろう!」ってアプローチはあまりにも難易度高いので、これからもこんな感じにちまちまと、一側面一側面に焦点を当てていくような紹介がたまにできればいいなと思っています。なんかピンと来た方は、とりあえず頭から、あるいは章題を眺めてどこか面白そうに感じたところからでも読んでもらえれば、ファンとして、紹介を書いた者として嬉しい限りです。


 そういえば今朝起きてみたらバレンタイン特別外伝の更新が来てました! 女の子が八人くらい出てくるので人物よく分からないと思いますが、ギャグパートのノリとしては大体こんなのです。シリアスなバトルの時も結構こんなノリで与太話をゴリ押しして敵を倒したりします。

同作者さんの商業デビュー小説『アリス・イン・カレイドスピア』もどうぞ。

アリス・イン・カレイドスピア 1 (星海社FICTIONS)

アリス・イン・カレイドスピア 1 (星海社FICTIONS)

*1:オリジナルが死んでるどうかの違いはあるにせよ、異世界に量子レベルで人間を再構成するという意味ではこれも異世界転生と似たような技術?