『岳飛伝(三)』

岳飛伝 三 嘶鳴の章 (集英社文庫)

 岳飛伝というタイトルを見たときはどういうことになるんだろうと思いましたけど、いちおう今のところは梁山泊に比重を置いた話が進んでますね。ただ梁山泊の人間が岳家軍など別勢力に片足を突っ込んだり、交流を持ったりもしていて、国のかたちが少しずつ柔らかくなっていく気配が見えます。これが単なる人材の流出なのか、国の枠を越えて広がっていく梁山泊の姿なのかは、続刊を待てという感じでしょうか。

 本人視点だと悩んでばかりの内向的な人物に見えるのに、他人の目から見ると気力が充溢していてただ者ではない、という描写になっている宣凱が面白いです(あのシーンの直前で吹っ切れて気配が変わった、という描写な可能性もありますが)。褚律のことはあんまり印象になかったんですが、ここに来て焦点が当たってきたのを見て、結構味わいのあるキャラだなと再認識しました(「婁中の火」っていうタイトルが師匠の名前の婁敏中からとられてるのが良い)。

 あと名前ありのキャラでここまで小物なのも珍しいという意味で、褚律に半殺しにされてた柴健のことが気になりました。あからさまに小物なやられ役なんだけど、単なる小物が受けるにはあまりにも過大な責め苦を今回負わされてたので、これを切っ掛けに妙な味わいのあるキャラに化ける、ということも北方さんならやりかねない気がします。まあそういう普通に小物らしくあっさり死ぬのかもしれませんが……。

 心に傷を負った方臘兵の生き残りが、いまだに忘れられることなくひょこり出てくるのが、何かいいです。梁山泊の中でも孤立しがちな彼らと話すときの秦容の態度は「相手の言いたいことを根気強くじっくり聞く」というもので、まあ普通といえば普通の話ですが、やたら直感が強くて一を言うだけで十まで心で通じ合うみたいな連中がたくさん出てくる中、コミュニケーションコストの高い人間にしっかり付き合ってくれる人がいると安心できますね。ここで甘蔗の育て方をぼそぼそ話してる場面、地味ですが何か好きなシーンです。