『工学部・水柿助教授の日常―The Ordinary of Dr.Mizukaki』

工学部・水柿助教授の日常 (幻冬舎文庫)
日常というくらいなので殺人事件はおきません。鞄がなくなったとか、そのくらいの規模のミステリーがいくつも出てきます。タネがわかってあっと驚くというよりも、蓋を開けたら大したことではなくてなあんだと肩を落とすという方向性なので、こんなものはミステリー小説じゃないと思う人もいるでしょう。さらに全編とおして地の文がとても多く、それが森さん独特の軽い語り口で綴られていて、ほとんどエッセイのような趣になっています。文体が合わない、ユーモアが理解できないという人もいるかもしれません。でもそういったことが気にならなくて、好き好んで森さんの日記シリーズを読んでいるような人や『ZOKU』が面白かったという人なら、きっと満足できると思います。
ZOKU』はキャラクターの面白さで魅せていく作品でしたが、この本はより地の文で魅せていく作品ですね。笑いの種類をギャグとユーモアで分けるなら本書は完全に後者で、読めば読むほど森さんの知性の高さが窺えます。一発で吹きだしてしまうようなインパクトのある笑いはあまりありませんが、小技でこつこつと攻めてくるぶん実は根が深いです。読んでいると知らず知らずの内に表情がにやにやとしてしまっていて、慌てて元に戻すということが何度もありました。(やはり仕事中に本を読むものではありません) 小説を読み終わってしまうのが惜しいと思ったのは久しぶりで、とにかくとても楽しめました。そういえばこの本の解説は筒井康孝さんでしたが、解説文としては無類に面白い出来だったと思います。