『空飛ぶ馬』がとても綺麗な小説でした

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

文学部の「私」と囃家である円紫師匠の周りで起こる様々な謎を扱った、日常系ミステリー。文章がとにかく美しくて、ひらがなと漢字の巧みなバランス配分が織り成す文字列には惚れ惚れしてしまいます。こんな文章が書けるようになりたいですねえ。

「日常系ミステリー」と聞くと私なんかは米澤穂信さんをまっさきに思い出します。面白い符号というべきか、「殺人事件は起きないけれどほろ苦い」と評される米澤さんと同様、北村さんのこの短編集にも「苦さ」を感じる作品が幾つか収録されています。

ここで焦点が当てられているのは、思いがけないところで表出する人の「悪意」です。けれどそういったものが扱われているにも関わらず、北村さんの作品は不思議と読後感が悪くはありません。むしろそこからは、人の罪が濯がれるような心地よさすら感じられました。

これはひとえに、悪意の存在を哀しみながらもそれを受け入れる包容力を持った「私」と円紫師匠という二人の主人公のおかげでしょう。彼らの視点を通して語られることで 、物語の中の悪意は少しだけ色を変えたように思います。ほんとうに綺麗な小説でした。

でもまあ、円紫師匠の推理はちょっと超能力めいてはいますね。手掛かりから答を導くというよりも、最初から答が存在するところに伏線として手掛かりを配置した感じ。提示される解答は確かに状況にぴったり当てはまりますけれど、状況から解答が逆算できるとは限りません。そのため、円紫師匠がどうやって答を導いたか分からない、というパターンが多かったように思います。まあこういうのも推理小説のお約束ということでそろそろ慣れてきました。