『円環少女(4) よるべなき鉄槌』の業がどうしようもないので私はとても悲しいです

円環少女 (4) よるべなき鉄槌 (角川スニーカー文庫)

 もう、「魔法使い」と「力を持たない人間」の"分かり合えないっぷり"が余りにも徹底しています。読んでいて、それがとても悲しいです。

 無数の世界に、無数の世界観を持った魔法使いたちが生きているというのがこの作品の基本です。ここで言う「世界観」は、「世界設定」というスラング的な用法にとどまりません。この言葉本来の意味である「世界の見方」という用法で解釈しても、きっと差し支えありません。

 彼らの間では根本的な「世界観」つまり価値観が異なります。そして彼らは、自分たちの価値観を貫くことにこそに誇りを感じています。ほとんど全ての登場人物が、自分の価値観に対する妥協を許しません。もうどこを向いても寄らば斬ると言わんばかり、火花バチバチ飛びまくっているのです。故郷のしきたりに従うべくエスカレーターの右を空けるか左を空けるかで決闘をおっぱじめても、この作品ならあんまり違和感はなさそうです。

 そしてその確執の中心に、魔法を使えない人間=地球人=蔑称「悪鬼」としての主人公たちを置いてるのがまたえげつないのです。魔法使いたちの一般常識では、地球人は本当にただのゴミかゴキブリかウンコかくらいにしか思われてないんだなあーという雰囲気が、もう作品全体からびしびしと伝わってきます。私たちだって、ゴミやゴキブリやウンコが自分たちの権利をいっちょまえに主張して擦り寄ってきたら、ふざけんなと汚物入れに放り込むでしょう。ひどい話だと思います。

 もうひとつ目立つのは、彼ら魔法使いが自分たちの蔑む対象に対して、たとえ子供であろうと慈悲を垂れないことが強調されている点です。彼らには、地球のどこかの小学校が爆発して生徒もろとも粉々に吹き飛んでも、バルサンでゴキブリを蒸し殺した程度にしか思わないかもしれないという雰囲気があります。

 そして同様の視線は、特にヒロインの小学生メイゼルさんにも注がれています。何か大きな罰を受けて大罪人に墜とされたこの小さな女の子に対し、同族の魔法使いは面と向かって死ね死ねと罵倒します。そして実際、彼女は魔法使いにとって最大の「公的機関」である「協会」により、その手先となって死ぬまで戦い続けるという公的な「罪科」を背負わされているわけです。

 本作では、ヒロインを含めた小学生たちが死の危機に晒する状況が何度となく描かれていて、子供たちへの無慈悲っぷりがある意味恣意的に強調されています。多くの読者にとっていちばん敏感な共通認識を刺激するこの焦点が、本作の「どうしようもなさ」をますます大きく見せているのだと思います。

 公的な仕組みに組み込まれて虐げられる弱者の中の弱者としての女児の構図には、『GUNTHLINGER GIRL』みたいなパターンが共通するものとして見えます。公社と公館、担当官と専任係官と対応関係もけっこうそのまま。ただ本作では専任係官である主人公の態度が現実に対し非常に誠実で、基本的に諦めるところから出発する*1義体担当官とは一線を画するものを感じます。こういう世界では、誠実であることが決して救いにはならないのが辛いところではあるのですけど。


 この巻の感想。

 束の間の穏やかな夏休みと過去の回想を繰り返し描きつつも、その裏ではやはり不穏な事件が着々と進行し、終盤でその動きが遂に爆発する……という構成。ただ、「日常の裏で進行する不穏な事件」の描写があまり目立たなくて、物語を牽引するほどの興味を惹いていなかったので、中盤以降までずっと日常話が続いて話の筋が見えなくなったところで唐突に文脈が変わってバトルが勃発した、という風に見えてしまいました。

 既刊と合わせて考えるに長谷さん、構成というかストーリーテリング自体はあんまりこなれてない気がします。癖のある文体を置いとくとしても、この辺の「読者の興味の引っ張り方」が上達すれば一気に読みやすくなりそうではあります。

 でー、前巻で言ってた「グレンを倒した刻印魔導師は解放される」っていう話はどうなったんでしたっけ。本当に解放しちゃったら話が続かないので、協会がごねてメイゼルちゃんの手柄は結局なかったことにー的な展開が来るんだろうなと予想していたんですけれど、特に何も言及ありませんでしたね。かなり重要なところだと思うんですけれど、ううん、私見落としました?

*1:少なくとも八巻までは