「本を読む」とはどういうことかをもう一度考え直すために - 松岡正剛『多読術』

多読術 (ちくまプリマー新書)

 すごいいい本だったのでみんな読めばいいと思います。

『多読術』というタイトルから、ありがちなノウハウ本を想像するのは誤り。読書と編集に関わりながら半世紀を生きてきた著者・松岡正剛さんの、読書という"営み"に対する濃密な思想がみっちりと詰まった一冊です。それだけでも読み物としてとても面白いですし、本読みを趣味とする者として感化されるところも非常に多くありました。

 本を単なる情報と見るのではなく、「嗜好品」として見るだけでもなく、「本を読む」という行為自体を意識する視点が語られているのだと思います。自分の「本の読み方」がどれだけ固定化していたかを、読中何度も思い知らされました。読者に変化を及ぼす示唆がいっぱいです。

 たとえば、「本を綺麗に保存するか/書き込んだり折り目付けたりするか」問題に関して。「本は装丁全体でひとつの作品なのだから、汚さずに大事にする」という人と、「本は情報の容れ物にすぎないから、平気で書き込んだりできる」人とに多くは二分されると思うんですけど、この人はどちらでもありません。「本の上にはひとつの"場"が形成されているのだから、その"場"を縦横に活用するためにこそ書き込みもするし、そうすることで本はますます充実する」というのが著者のスタンス。実に編集的な発想だと思います。

 本を単に一冊の本としてだけ見るのではなく、地図や年表の中のある一点に位置するものとして、本同士に常に横断的な繋がりを見いだす視点がまた新鮮。本棚を整理する際は常に「左右の本との繋がり」を意識し、三冊の並びの中で本を見ているという話とか。キーブックを中心にブックマップを構築していく話とか。なんかわくわくしてくるようなお話でした。

 『星図詠のリーナ』では、ちゃんと測定した実用的な地図とは別に、自分の思い出を「お絵かき」して残しておく、もう"ひとつの地図"というのが語られていました。著者の言う読書地図も、この発想に近いものであると感じます。読書という、何も考えなければそれだけで完結してしまうような行為を、こういった営みにまで拡大・昇華して捉えていけるというのは本当に凄いと思います。なにより、話してるの聞いてるととても楽しそうなのです。

 本屋さんに行くと、ずらりと並んだ書籍のメッセージと対峙することでいい緊張になる、という話がありました。本屋さんは、ある種の人にとって「感覚」を研ぎ澄ますことのできる"場"なのだと思います。そして、頁の隅々にまで示唆に溢れた本書もまた、そういう"場"のひとつなのだろうなあと。そういう「感覚」の研ぎ石としていつも手近に置いておいて、時々ぱらぱらめくったりしたい一冊でした。