『幻想再帰のアリュージョニスト』がどんな小説なのか改めて説明するよ


 はい、タイトル通りです。2014年4月1日の連載開始以来、少しずつ熱狂的なファンを増やしつつある最近のWeb小説『幻想再帰のアリュージョニスト』ですが、残念ながらその人気はまだまだ小規模です。観測範囲でたまに話題に上るからタイトルだけは知っていても、内容はよく知らないという人は多いでしょう。あるいは、「多少興味はあるけど目玉グルグルさせたファンが多くてなんか怖いし……正直引くわ……」という感じで手を出せないでいる人もいるかもしれません(猛省します)。

 書籍化されているわけでもなければ、大規模にバズっているわけでもなく、掲載サイト「小説家になろう」のランキング常連作品ですらない。にも関わらず、突然はてなのホットエントリに感想記事が上がったり、プロ作家に言及されたりする『幻想再帰のアリュージョニスト』とは一体どんな作品なのでしょうか。ここでは未読者を念頭に置いて、本作の概要を紹介してみたいと思います。

 ちなみに既存の作品紹介としては以下のようなページも存在するので、併せてご参考くださいませ。

結局どんな小説なのか

 ご託はいいから、これが結局どういう小説なのか一言でまとめてくれよと思われる向きも多いでしょう。本文読むのは大変だし、とりあえず概要だけ一言でまとめてくれという人を見かけたのも一度や二度ではありません。Twitterなど見ていると日夜アリュージョニストの布教に励んでいる人も散見されるので、きっと誰かがうまい紹介をしてくれているはずです。

 無理でした。

 アリュージョニストの「ハマってる人はいるけど周りから見てるとどんな話か分からない」感の原因は、おそらくこういうところにあります。とにかく、要約が難しいのです。ぶっちゃけ私だって目玉グルグルさせて布教してる人間の一人なので、作品の魅力を一言で伝える上手い言い方なんてものがあれば喜んで飛びつくのですが、いまだ適当な言葉が思いつきません。

ではとりあえず冒頭の紹介を

 いちおう、「小説家になろう」の粗筋ページにはこう記載されています。

 異世界転生保険とは契約者本人を受取人として、保険量(インシュランス・クオンタム)である新たな人生を給付する制度である。無事支払い条件を満たしていたのはいいが、新たな世界で目を覚ますと何やら開幕から左手を怪物に食い千切られているという大惨事。おまけに原因不明のトラブルで言葉も通じないわ、現代日本の技術を異世界に持ち込んでしまうわで第二の人生は開始早々に前途多難。戦わなければ生き残れない仄暗い迷宮で、片腕を失った男は現代日本の技術を駆使して戦うことを決意する。現代日本の技術――すなわち、サイバネティクスの粋を集めた、機械義肢とサイバーカラテを。

 この粗筋から読み取れるイメージは、なろう小説でメジャーな異世界転生ものにサイバーパンクの要素を組み合わせた物語、といったところでしょうか。端的にまとまったイメージが提示されていて、この文面自体は分かりやすい概要になっていると思います。ただし気をつけなければいけないのは、この「粗筋」が連載半ばの現時点で既に100話以上ある物語のうちの第1話か、せいぜい第2話までという、ほんの始まりの部分についての説明に過ぎないという点です。

 たしかに物語の導入部である第1章(1話〜2話)は、概ねこの粗筋に書かれた内容をなぞる形で比較的大人しく進みます。アマチュアのWeb小説としてはかなり筆力が安定しているし、派手に物語を展開させるよりも主人公の内面や現地人の文化、風俗を観察する描写に筆を割いているので、意外と地味な印象を受けるかもしれません。ときどき「サイバーカラテ」という忍殺風のギミックが突っ込まれたりするのが謎ですが、そういう無節操なパロディを「今風」と説明することもできるでしょう。

 内省的すぎて屈折した主人公の一人称、かなり細かい描写やスローペースな展開などで好き嫌いは別れるでしょうが、いずれにしてもしっかり書かれた小説ですから、目の聡い人なら冒頭部分を読むだけで「堅実に(過剰に?)描き込まれた異世界設定や少し硬めの物語を好むタイプの読者の間で流行っているんだろうな」というあたりの予想は容易につくかもしれません(実際、ファン有志による設定wikiも作成されており、日夜新しい情報が登録されていっています)。ただ、読者の間ではっきり「イロモノ」的な言及をされている本作のイメージと、(いくら「サイバーカラテ」というおふざけらしき要素があるとはいえ)この1章の地味な作風とは、正直あまり重ならないのではないかと思います。もしそこに引っ掛かりを覚えた人がいるなら、違和感はたぶん正解です。

サイバーパンクからオカルトパンクへ

 先ほど引用したツイートでも示唆されていた通り、実は本作は物語が進むにつれて、「別物」……という言い方には語弊があるかもしれませんが、その作風をどんどん広げていきます。1章で提示されたかに見えた大まかなストーリーライン(9階層からなる巨大迷宮を舞台とした、地上vs地獄の陣取りゲーム)は、読者の自然な予想に反して第2章の始まりと共に破棄されます。代わりに提示されるのは、どちらかというと武侠小説のような無頼者たちの格闘アクションの流れなのですが、それと並行してこの異世界(と作品自体)の根本原理をなす「呪術」についての描写が前面に押し出されるようになってきます。

 呪術と言っても、この世界の呪術はいわゆるJRPG的な「魔法」のイメージとはずいぶん毛色が違います。最初こそ「科学」が「呪術」で代替されたような呪術テクノロジー社会が描写されますが、本作の呪術はむしろ民俗学とか文化人類学で言う「呪術的思考」の延長にあります。やがて「アナロジーは力を持つ」だとか「それっぽく見えるものは実際それっぽい性質を持つ」といった胡乱な理屈が大真面目に語られはじめ、ここら辺から『幻想再帰のアリュージョニスト』という作品の枠組みは少しずつ分からなくなっていきます。

ここはアナロジーの誤謬が物理法則を屈服させる呪術の世界

 これ以降、「タイピングが速い方がハッカーとして凄腕に見えるからめちゃくちゃ高速でキーボードを叩いて電脳戦に勝つ」「血縁を拡張された身体とみなすタイプの感染呪術によって本人もろとも三親等以内の親類を呪殺」「動画の再生数が上がると情報ソースとしての信頼性も上がるから過去遡及的に現実が改竄される」「敵が逆転フラグを立ててきたのでこちらもなんか勝てそうな感じの言動をとろうとしたけど逆に死亡フラグを踏んで負ける」等々、ちょっと冗談としか思えないような理屈が矢継ぎ早にくりだされ、作品世界の根本原理として物語を左右し始めます。

 世界をどのように捉え、どのように認識するか。人の思い込みが現実の法則そのものを決定づける異世界での闘争は、「異なる世界観どうしのぶつけ合い」という様相を呈するようになっていきます。実際、この作品の舞台である「ゼオーティア」は様々な世界観を持った勢力が無節操に混在してせめぎ合う闇鍋のような世界なのです。神話や歴史や倫理観はおろか、一人一人に適用される宇宙の法則すら多様化した世界では、呪術の体系、テクノロジーの体系も当然多様化していきます。

 世界と呪術の本質を"言葉"に置く「呪文」の体系、人と人との"関係性"に置く「使い魔」の体系。おのれの"主観"を全ての本質として世界を塗り替えようとする「邪視」の体系がある一方で、あらゆる神秘を"客観"的に再現可能なテクノロジーに貶めようとする「杖」の派閥の自然科学体系もまた、あくまで呪術の一分野として存在します。こういった社会の中に、我々の「地球」由来の様々な神話、思想、学問などがいわゆる「カーゴカルト」的に取り込まれていくことで、世界はさらに混沌とした様相を見せていきます(漂着した外国人が神や鬼のたぐいとして伝承に残るように、「外世界」は重要な神話的、呪的要素です)。極めつけは、転生者である主人公によってもたらされた電脳とサイバネティクス技術の結晶である「サイバーカラテ」。外世界からもたらされた最新鋭のテクノロジーがこの世界の呪術的思考と結びついてどのように変容していくかは、冗談ではなく本作の中心的なテーマのひとつなのです。

野放図に広がる大風呂敷の行方

 第1章でおおかたの読者が抱いたであろう「過剰な設定の上にさらなる設定を重ねて複雑な世界を描写していくタイプの作品」という印象は、この2章を読み進めるうちに修正を迫られるでしょう。なにせ本作の呪術世界の原理は、突き詰めれば「説得力と勢いさえあれば何もかも現実になる」と言っているに違いないのです。まどろっこしい理屈を詭弁と勢いで力強くねじ伏せるのは確かに快感ですが、物語世界の整合性は破綻の危機に晒されます。本作のように過剰なまでの情報量で攻めるタイプの作品であればなおさら、過去の描写の積み重ねを台無しにするような「なんでもあり」は致命的な瑕疵に繋がるはずです。

 2章も半ばに至り、どんどん捻れていくストーリーラインや飽和した情報、支離滅裂な世界観とオカルト理論そのものの擬似テクノロジーを前にして、きっと多くの読者が不安を覚えることでしょう。「これ、収集つくのか?」と。広げに広げた大風呂敷を制御しきれず失速して空中分解していくパターンなんて、いかにもありがちな話です。

 けれど、ここからが、広げきった風呂敷とばらまいた伏線が結びついて有機的に立ち上がってくるここからが本作の真骨頂なのだ……と力説したいところではあるのですが、それを言葉で説明してしまうのは野暮というものでしょう。言葉で凄いと言うのは簡単ですが、その凄まじさを実際に伝えるのは私の手に余りますし、それができたら連日目玉をグルグル回しながらわけの分からないアリュージョニスト語りを垂れ流すアカウントになったりしません。

 ともあれここから先は、錯綜した状況にひとまずの決着がつく2章クライマックスを実際その目で確かめてもらうのが一番でしょう。
2章までで既に文庫数冊分のボリュームがあったのに3章でいきなり主人公が交代して雰囲気がまたガラリと変わるとか(本作はダブル主人公制の作品なのです)、3章を読んだ読者が百合百合尊いと叫びながら目玉をグルグルさせはじめるとか、実は本作は9章構成でかなり先の展開まで見据えて構成が練られてるとかで3章以降も色々あるのですが、というか2章は軽いジャブで3章からが本当の(目玉がグルグルし始めて何を言っているか分からない)とかキリがないのでいい加減この辺にしますが、ともかく2章。できれば3章まで読んでもらえれば本作の全容はとりあえず掴め……どうなんでしょうねー……現在連載中の4章もかなり滅茶苦茶なことになってるしちょっと本当に展開が読めないんですけど……ともかく本作は、その全容を把握するのがとても難しい作品なのです(ちなみに今回のこの文章、紹介としてはけっこう支離滅裂な内容になってしまったと思いますが、下読みしてくれたアリュージョニストファンの人には「かなり我慢してあれこれ書きたくなるのを抑えたね」と言われました。コワイ)。

おまけFAQ:でも長いんでしょう?

 本作に興味はあるけどなかなか手が伸ばせない、その抵抗感のいちばんの原因はやはり「長さ」にあるようです。たしかに本作は第1話からして結構なボリュームなので、最初にそこで引いてしまう人は多いようです。ただし作者の最近さんもこの問題は気にされていて、話を短く区切って一話あたりのボリュームを軽くしたり、長すぎる話は分割したりという工夫をされているので、近頃はかなり読みやすくなっています。長めの前後編で構成される1章を乗り越えて2章に入れば、1話あたりの分量はだいぶ軽減されてくるので、全体としては第一印象ほど読みづらい作品にはなっていないと思います。

 また、それでもやっぱり長い話を読むのは辛いという人は、次の作品を選択肢に入れてもいいかもしれません。

アリス・イン・カレイドスピア 1 (星海社FICTIONS)

アリス・イン・カレイドスピア 1 (星海社FICTIONS)

互いに空想を撃ち合い、解釈で殴り合う。荒唐無稽な想像力が勝敗を決する改竄戦争の舞台で、一騎当千の“妄想狂”たちの、天地の覇権を懸けた壮絶な“世界の書き換え合戦”が幕を開ける!!
『幻想再帰のアリュージョニスト』の最近、デビュー作。

 『アリス・イン・カレイドスピア』は作者の最近さんにとって初の商業出版物となる作品です。Web小説としてある程度はファンもついている『幻想再帰のアリュージョニスト』ではなく、いきなり新作での商業デビューということは、それだけ作家としての力量を見込まれているということなのでしょう。完全書き下ろしながら、『幻想再帰のアリュージョニスト』とは一種のシェアードワールドの関係にあるようですから、その意味でも入門にはぴったりかもしれません。「『幻想再帰のアリュージョニスト』に興味があるけど重そうで抵抗がある」という人は、ひとまず本作を読んで様子見をしてみてもいいのかもしれません。