ストイックな地図測量ノベル、『星図詠のリーナ』が良作な話

星図詠のリーナ (一迅社文庫)

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 噂のマッピングファンタジーライトノベルの新刊を取り上げるなんて凄く久しぶりで、要はそのくらい発売前から興味を持たされていた作品。だって「地図測量」がテーマと聞かされてしまっては、どうしても胸が高鳴ります。話だけ聞くと正統派なのかマニアックなのか分かりませんが、読んでみた感想としては「マニアックなテーマを正当な手法で扱った」良作でした。

 バトルは騎士や傭兵に任せ、主人公はひたすら地図作りに専念します。キャラクター造型やストーリーテリングがすごく突き抜けてるというわけでもなく、メインテーマが地図ということもあって、ちょっと派手さはありません。派手ではないですが、「地図作り」という揺るぎない芯の通った、強度ある作品です。

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「王女のくせに地図を愛し」「常に外の世界を見たいと願っている」というわけで、主人公はイロモノ系のお姫様です。庶民の中で普通に飲み食いし、世間話をすることにも抵抗がありません。ただ、だから彼女が「王家の退屈な暮らしに嫌気の差したおてんばなお姫様」のステロタイプかというと、決してそういうわけでもありません。

 彼女は「王家の人間」としての自覚をしっかりと持っており、「崇められるのが王族の義務」というところまで理解しています。自分の"趣味"である地図作りを大喜びで引き受ける傍ら、それが国や都市の繁栄に繋がる重要な仕事であることも忘れていません。

「お姫様」の平均値を逸脱する世間ずれした行動力を持ち、なおかつ形式的でない部分では王族としての確固たる信念も持っている。要は、非常にしっかりしているのです。

 本作は、少なくともこの第一巻の時点では、主人公の精神的成長というのはあまり見られません。どちらかというと、主人公の魅力的な人柄に、周囲の人間が感化されていくという変化の方が大きいです。つまり主人公の人格がそのまま作品の雰囲気自体を規定しているわけで、その辺、このしっかり者の主人公造型はうまいこと活きてるなあ思いました。

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 バトル要素のある作品で主人公が一芸に秀でたスペシャリストである場合、主人公はその「一芸」を応用した高度な戦闘能力を併せ持っていたりするものですが、本作の主人公は本当にただの非力な娘さん*1。測量用の杖をいつも持ち歩いてたので、有事の際はそれを仕込み刀にしたり強力な魔法使ったりするのかな……と思ってたんですが、特にそういうギミックもなく。実にストイックな主人公です。

 その分、後半のバトルパートが物語のテーマと乖離しやすいという面もありますが……本作の場合は、主人公のマッパーとしての知識に裏打ちされた色々が勝利への活路を開く、という流れで上手くまとまっています。この辺の流れは、ダンジョンRPGのサポート職的な動きです。*2

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 区画や治水などの都市の地理に関しては、さすがに作り込まれています。一方ファンタジーとしては、「エルフ」とか「オーク」*3とか、わりと「中世ファンタジーのお約束」そのまんまな世界設定に依っているところが見られます。

 なので「架空世界の生態系やら社会形態やらを一から創造してやる」という感じではないのですが、まあ本作の興味は圧倒的に「地理」に置かれているわけですから、他の部分はほどほどでいいのかも。「不思議なモンスター」がたくさん出てくるファンタジーはよくあるでしょうが、「不思議な地理」が主眼のファンタジーはあんまり存在しないでしょうから、本作ではそっち方面でなんか凄い発想を見てみたいです。

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本書最大の欠点は、巻末に「少しだけ詳しくなった地図」が載ってないことだ!!!

 これには強く同感させられます。巻頭が白地図っぽかっただけに、最後絶対そういうのがあるんだろうなとわくわくしたという話でありました。「前に進んだこと」をビジュアル的に明示する、いちばん効果的な表現だとも思います。装丁や絵描きさんとうまいこと連携して、ぜひ力を入れて欲しいところ。

*1:まあ、数日に渡る徒歩の旅にも音を上げなかったり、相応のタフネスはありそうですけど。

*2:つまり、主人公の仕事は必ずしもダンジョンマッパー的なものには限らないということ。距離や角度などを地道に"測量"して、都市の地図を作成していくというのがメインです。

*3:作中では「オルク」と表記されていますが、これは「トロル」や「ニヴル」などの他の妖精と「ル」の音を統一させたかったためと推測。