アリュージョニスト作者の商業デビュー作『アリス・イン・カレイドスピア』が全8章中1章から8章まで無料公開

 7月に出版されたばかりの無名作家のデビュー作をWebでほぼ全文公開するという、なかなか大胆な宣伝が星海社のサイトで行われています(巻頭のカラーページや用語解説を含め、全8章中の8章まで公開となると、残りはあとがきや奥付くらいのものなので、ほぼ全文公開と言って差し支えないでしょう)。出版以降、毎週1章ずつ公開されていてどこまで行くのかと思ったら、ついに昨日クライマックスまで読めるようになってしまいました。期間限定の公開なのかなとも思いましたが、今のところ「掲載期間」の欄にも期限は明記されてないし、ずっとこのまま公開し続けるのかもしれません。

『アリス・イン・カレイドスピア』といえば、ごく一部でカルト的な人気を誇るWeb小説『幻想再帰のアリュージョニスト』の作家、最近さん(「最近」さんというお名前です)の商業デビュー作です。漫画家にしてはてなダイアラーでもある小島アジコさんの精力的な紹介のおかげで、はてな界隈では多少認知されてますが、商業出版という市場で考えるとまず無名と言ってよいでしょう。そんな無名の、しかし確実に力があり読めばきっと面白いという類の新人作家を売り出すためなら、シリーズの第1巻をほぼ丸ごと無料公開しても割に合う、という判断なのかもしれません。実際こういう手法が効果的なのか、逆に売り上げが減ったりしないのか等の不安もありますが、もう公開されてる以上、ファンとしてはどんどん話題になって知名度あげていってもらいたいなと思っています(未公開分があとがきくらいしか残ってないのに「この続きはぜひ本書で!」という星海社のツイート*1は流石にどうかと思うのですが、ファンは早くも幻の9章の存在を囁きはじめており平常運転です→公式の告知で訂正されました*2。ひとあんしん)。

 マーケティングの特殊性は置いといて、『アリス・イン・カレイドスピア』はよい小説です。『幻想再帰のアリュージョニスト』は200万字を超えてなお連載なかばという大長編ですが、その荒唐無稽で豊饒な作家性が、『アリス・イン・カレイドスピア』では1冊に綺麗にまとめられています。具体的には、呪術的思考をテクノロジーの基盤とする独特な世界の中で「神話型熱核融合炉」とか「重力定数すら未定義な空間を浮遊戦車が飛び交う」とか「呪占兵の弾道卜占」とかの素敵な文字列が展開されたかと思えば、壁サークルの同人乙女が200人の脳内彼氏を呼び出したり、美少女化された聖人が廃課金ガチャで召喚されたり、ちょっとなに言ってるか分からない光景が繰り広げられて端正に作られた世界観をどんどん台無しにしていくのですが、最終的には「アリス」というおとぎ話とかでよく聞く名前の女の子の元に全てが回収されて綺麗にまとまります。尊い

 まずは3章、緻密に書き込まれた重厚な世界がいきなりわけの分からないひっくり返り方をする序盤の山場までを読んでもらえれば、本作の作風はなんとなく飲み込めるかもしれません。今回の無料公開はなかなか思い切った賭けだと思いますが、この秋には2巻の発売も予定されているので、ともかく最終的な売り上げや知名度、そして最近さんの良い将来に結びついてもらいたいと切に願うところです。

アリス・イン・カレイドスピア 1 (星海社FICTIONS)

アリス・イン・カレイドスピア 1 (星海社FICTIONS)