酩酊感で目玉グルグルになる荒唐無稽言語SF『月世界小説』を読んだアリュージョニスト読者の感想

 というような話があったので、「アリュージョニスト読者として月世界小説を読む」という妙なミッションにチャレンジしました。独立した作品を無闇に比較する語りは牽引付会に陥りがちですし、一方をダシにもう一方を持ち上げるみたいな展開にもなりがちで、下手をすると無粋、無礼のたぐいの行為になってしまうのでちょっと難しいかなー、とも思ったのですが、せっかく前島先生に堂々とアリュージョニストの話を振るチャンスなのでなんとか頑張って書いてみましょう。

 結果としては、「確かにある程度共通した枠組みが見られるので、一方を読んでみて面白ければもう一方を読んでみるのも悪くなさそう。ただしそれ以上にどちらも極めて独自性の強い作品なので、強引に比較して共通項や差異を論じるよりも、それぞれの作品に個別に深く入り込んでじっくり味わった方が面白いかも」というのが、今回の大雑把な感想でした。「とにかくわけが分からない」と目玉グルグルさせながら圧倒されている読者の姿にはかなり通じるものがあったと思うので、前島先生が「けっこう近いような気がする」と感じた理由も分かりますし、ある種の親しみも感じるのですが。

 そもそもまずアリュージョニストとは何ぞという話ですが、これについてはこれまで何度も日記とかに書いてるので、その辺を参照してもらいましょう。

 対して『月世界小説』、こちらはSF作家牧野修さんの近作ですね。牧野さんの作品で既読なのは『傀儡后』だけですが、これはハードで悪趣味な近未来世界を舞台としたぐろんちょ仮面ライダーというノリだったと記憶しています。いっぽう今回の『月世界小説』は

月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)

月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)

牧野修 『月世界小説』 (ハヤカワ文庫JA) - 十七段雑記(blog)
言語によって世界を構成する人類と,言語を滅ぼそうとする神(しめすへんのカミ)の戦いを描く.悪夢のようなグロテスクさと不気味さはお手の物.合衆国に占領され,英語が公用語となった架空のニホンを中心とした悪夢的な世界に,重層的に意味が付け加えられていく物語にくらくらしてしまった.

 こんなノリです。LGBTパレードに天使が舞い降りて黙示録のラッパがアレしたと思ったら妄想の月世界に飛んだり、日本語が存在しない架空日本の学生闘争が描かれたと思ったら神や人間もどきとの言語バトルが始まったりと、何がなにやら分からぬうちにあっちこっち翻弄される楽しさが味わえます。読み終わるとその辺歩いてる人を指さして模擬者(イミテーター)同定! とか言いたくなりましたね。

「荒唐無稽なアイデアが飛び交い、飛躍と脱線を重ねるストーリーラインに酩酊感を味わえる言語SF小説」という風にまとめてしまえば、なるほど『月世界小説』も『アリュージョニスト』も、ともに共通した枠組みを持っているようです。前島先生も、もしかしたらこの辺りに共通点を見出して上記のようなツイートをされたのかもしれません。「いろいろな言語SF小説を読んでみたい」とか「頭のクラクラするような破天荒な小説が読んでみたい」といった気持ちのある読者になら、両作を併せて薦めてみるのも悪くないかもしれません。

 とはいえ、このくらいざっくりした枠組みなら「個性的な探偵が出てきてどんでん返しを繰り返す密室ミステリー」なんて言うのと粒度があまり変わらない、とも言えます。作品数では「荒唐無稽な言語SF」の方がだいぶマイナーにはなるとは思いますが、それでもそれなりに多くの先例が存在するでしょう。たとえば『月世界小説』と『幻想再帰のアリュージョニスト』の並びに円城塔さんの『Self-Reference Engine』あたりを付け足しても、さほど違和感のないラインナップになるはずで、『月世界小説』と『幻想再帰のアリュージョニスト』の類似性はそのくらいのところに留まります。そもそも『月世界小説』は山田正紀さんの『神狩り』のオマージュですし、『幻想再帰のアリュージョニスト』にいたっては既存のものを寄せ集めてツギハギすることが作品自体テーマですから、薦めるならまずはそこから、という話になるかもしれません。

 また、『月世界小説』と『幻想再帰のアリュージョニスト』では作品のサイズが大きく異なるので、そこも両作を一概に比較するのを難しくしている要素です。『月世界小説』は文庫一冊でしっかりまとまった作品で、学生運動から歴史言語学、架空の言語兵器から神話までと多様な分野を取り扱いつつも、それらの要素を乱すことなく収束させて「荒唐無稽な言語SF小説」と言い表せる範囲にしっかりと照準を合わせています。決して多くはない紙幅に強烈なアイデアを惜しみなく詰め込んだ、恐ろしく濃厚な小説と言えるでしょう。いっぽうの『幻想再帰のアリュージョニスト』は文庫にして十数冊分の連載を経てまだまだこれからという作品で、様々な分野を節操なく駆け巡る果てしなさと豊饒さが魅力です。「言語SF」はアリュージョニストの重要な一側面ですが、同時にファンタジーであり、群像劇であり、何よりもライトノベルであるという捉えどころのなさが本作の性質です。

 という感じに用心深くエクスキューズをした上で、『月世界小説』の中であえて個人的に「あっこれアリュージョニストっぽい」と思った箇所を挙げるなら、「日本語が過去遡及的に消失(?)して英語が公用語になった架空の日本だから古事記も英語の原型である西ゲルマン語で書かれている」云々のくだりでしょうか。こういう因果関係を意図的にあべこべにするような屁理屈は「呪術」という枠組みでアリュージョニスト作中の至るところに登場するので、なんかこういうの好きだ、という方にはアリュージョニストを強くお薦めします。逆に、『月世界小説』中盤以降に登場した脚注弾(敵におマヌケな脚注を付けて現実の設定を上書きする)やら落丁爆弾(文章を落丁させて数十ページ分の展開をすっ飛ばす)やらは、なんかもういかにもアリュージョニスト読者が好きそうな呪文系統の馬鹿兵器で大変によろしいです。性格も外見も年齢も全く異なるキャラクターが「並行世界に存在する異本(バリアント)」という枠組みで同一人物として扱われたりするのも、なんだか神話がゆらいでる感じでアリュージョニスト感(なにそれ)を覚えますし、要所要所で「おっこれ」と思った箇所はけっこうありました。

 というわけで、けっこう無理矢理な文章になってしまいましたが、どさくさに紛れて『月世界小説』と『幻想再帰のアリュージョニスト』という独特な二作品をの話をする機会が持てたのは良かったです。読者層がものすごく被る、ということもないとは思いますが、これも何かの巡り合わせだと思って両作に興味をもってもらえると幸いです。『月世界小説』は物理書籍の他(山田正紀さんの解説がついてないのが残念ですが)電子書籍で今すぐ買えますし、『幻想再帰のアリュージョニスト』はここでいつでも読むことができます。特にことの発端の前島先生におかれましては、これを機会に是非是非「なろう小説読めない病」を克服していただきたいと思う次第であります。読もう! 月世界小説&幻想再帰のアリュージョニスト!