揺れ動く心の形に名前をつける。作り込まれた世界と叙情溢れる青春ファンタジー『祈る神の名を知らず、願う心の形も見えず、それでも月は夜空に昇る』

 MF文庫Jから出版された新作ライトノベル小説。濃密で要素の多い物語なので一言でジャンルを説明するのもなかなか難しいのですが、ピックアップするなら「異世界ファンタジー」「青春小説」あたりでしょうか。

 民族の神話や遺物・国際情勢など、奥行きのある「設定」を楽しめる作品で、独特の論理で繰り広げられる破天荒なバトル描写も魅力です。種族差別が横行する社会の残酷さ・複雑さとそれに向き合う姿勢をかなりストレートに描いていたり、「言葉」や「名づけ」が重要なキーワードになっていたり、血と臓物まみれの悪夢の描写が強烈なビジュアルイメージとなっていたりと、要素要素でも印象的なモチーフが多いですね。

 そんな多岐にわたる要素が徐々に噛み合っていき、登場人物たちの抱える願い、祈り、切実な決断や心打たれる言葉へと収束していくクライマックスは圧巻。没入したまま読み終わり、本を閉じて虚空を見つめ、しばらくしてはーっとため息をつく、そういう類の小説でした。イラストレターのみすみさんが手がける挿絵も情感的なシーンで効果的に使われていて、雰囲気に合っていたと思います。

 私はもともと作者のWeb小説『幻想再帰のアリュージョニスト』のファンですが、MF文庫Jからの出版は初ということで、今回は過去作品への言及控えめの紹介感想を書いてみます。

増殖する「理想の勇者」

 主人公は1000年前の世界から転生してきたとされる勇者。勇者の器である肉体は人の願いに応えて人格を浮かび上がらせる特質を持つのですが、別々の少女が異なる「理想の勇者像」を心に抱いて願いを捧げたため、顕現した勇者も分裂して人格がブレてしまうという奇妙な状態に陥ります。結局同じ学園に通うことになった勇者(たち)と少女たちが、理想の勇者の存在権を巡ってドタバタしていく、というところが本作のラブコメ要素ですね。と同時に、他人の願いを起源とするため自我が確立しきっていない勇者と、その願いがどういうものなのか自分でも自覚しきれていない少女たちが、迷い、ぶつかり、それぞれの心の形に向き合っていく展開は物語の中心軸でもあります。

 勇者を取り合う少女たちが火花を散らしながらも関係を育んでいくところは、変化球ながらもよい学園青春小説です。肉体を共有している勇者たちはまたちょっと事情が違いますが、「自分であり、自分ではない」存在への接し方や信頼の在り方にも興味深いものがありました。特に「世界は全て俺のものなので俺の別人格も俺のもの」論理で自分の別人格が外部からあれこれされるのを拒絶するオレ様系勇者・アドのスタイルが好きでしたね。

テンポよく飛躍していく序盤、濃密に突き抜けていく終盤

 作者は品森晶さんは「小説家になろう」で300万字オーバーの大長編を書いている方。本作もMF文庫Jとしては珍しい420ページというボリュームですが、続編への仕込みを忍ばせつつ1冊の中でまとまっていて、綺麗な構成の作品でした。前半はかなりテンポがよくて、どんどんストーリーが展開していくスピード感が気持ちよいです。描写の中に数多くの情報が散りばめられてはいるのですが、それ以上に話が早いので、設定説明でテンポが崩れることなく読んでいけるんですね。

 試し読み部分で読める最序盤にも、「おっ」と思う面白いシーンがありました。2章で天使の王国を襲撃する邪教徒。これよく読むと「百回以上の試行錯誤によるパターン把握」とか「時間を巻き戻せない」とかどう考えてもループ能力者としか思えないこと口走ってますよね? こういうのって普通だったら主人公かラスボス格みたいな強キャラなんですが、そんな敵が初戦のかませザコ扱いで瞬殺されて、特に細かい説明もないまま話が進んでいきます。そんなのアリ!? と驚きましたが、こうすることで「ループ能力者とのバトル程度をいちいち解説するまでもない勇者の強さ」「そんな重要シーンをかっ飛ばしていくシナリオのスピード感」をわずかな紙幅で表現しているんですね。さらに後々の展開への伏線にもなっているし、別に気づかなくて支障があるわけではないし、とても巧いシーンです。

 本作にはこういう飛躍が随所にあり、独特のスピード感を楽しむことができます。特に中盤まではこの傾向が強くて、テンポのよい展開にぐいぐい読まされるうち、いつの間にか作品世界の基本事項も頭に入っているという塩梅になっています。後半になると徐々に文章のテンションや情報密度が高まってくるのですが、ここまで読んだ読者なら頭が作品世界に馴染んできているので、そう恐れることもなさそうです。

 本作のクライマックスは、まさに情報と感情の奔流と言うべきもの。どんどん突き抜けていく展開には理解の追いつかないところもありますが、そこで手を止めることなく翻弄されるままに読み進めていくのも本作の醍醐味かと思います。理解を超えた描写に圧倒されている状態と、極限の環境で切羽詰まった登場人物たちの状態は不思議にリンクしていて、そんな混乱した心理状態の中でこそ受け取れる情感が本作にはありました。最終的に登場人物の心のありかたに収束していく青春作品なので、まずはそこさえ外さなければ大丈夫かと思います。

シリアスでシビアな世界、でも時々降ってくる異様なシュールさ

 血なまぐさい悪夢のイメージ、差別が横行し権謀術数が張り巡らされた学園生活など、本作は基本的にシリアスな雰囲気の漂う作品です。ただし登場人物(の何人か)が前向きで明るいのに加え、みすみさんの美しいイラストもあってか、全体を通してみると必ずしも重苦しいばかりの印象はありませんでした。

 あとこの小説、単純なギャグとは捉えにくいんですが、時々なんかヘンテコなシーンが降ってくるんですよね。ボス格のループ能力者が序盤で何か喚きながら瞬殺されるのとかもよく考えたらシュールなんですが、格好いいのかアホなのか分からない勇者アド様とか、言動が妙に若々しい齢1000歳の老人*1とか、個人的な感覚ですがなんか飄々と抜けたところがキャラクターや文体に漂っていて、私は好きです。

 あと、これはネタバレなので深くは言えないんですが、

 リンク先は3人目の勇者ドーパと、彼を呼び出すことになる3人目の少女ミードの公式紹介画像です。2人とも見目麗しく理知的そうなエルフですが、勇者ドーパの方をよくよく読んでみると何か異様なことが書いてありますね? 「弟を主張」? 「姉になるよう洗脳」?

 ちなみにこれは作者による「勇者ドーパ」視点の作品紹介ツイート(後半の方)。

 はい。

 本作には「どう見てもシリアスな場面だし、感動的なんだけど、これ何?」みたいなシーンがところどころにあって、ものすごく不思議な感覚に陥ることがあります。泣けばいいのか、笑えばいいのか。シリアスなのかギャグなのか。ただ本作は、善や悪、真実と虚構、現実と理想をスパッと切り分けない可能性を示唆していく物語なので、何かそういうことなのかもしれません。こういうの、私はすごく好きですね……。

無料公開スピンオフ、超絶の百合

 ちなみに「本編の雰囲気や空気感などの参考」になる無料公開のスピンオフ作品として『ハニーウィッチ・ユーフォリア』という小説が集中連載されていました(本編完結済み)。

kakuyomu.jp

 またちょっと理解しがたい話が増えるんですが、無料公開スピンオフと言いつつ14万字を超えていて、余裕でもう1冊出せるボリュームです。これ何日かけて書いたの?!

 めっちゃ熾烈で完成度の高い百合でした。やばかったです。ちょっと解釈の広いリスキーな言葉なので私あんまり百合って使わないのですが、これは「百合!」って言うしかない気持ちになる。新作小説発売日に完結したんですが、私はこの百合のせいで情緒がムチャクチャになり、新作小説の方を読み切りまでに1日精神を休ませる必要がありました……。

 内容はたしかに本編と世界を同一とするスピンオフ作品。登場人物は本編と異なり、独自に完結した物語なので、どちらから読んでもいい相補的な構成になっています。本編買おうか迷っている人が参考として読むもよし、本編読んだ人がさらなる世界の奥行きを求めて読むもよし。本編ともども凄まじい作品でした……。

*1:私このおじいさんがこの小説のマスコットだと思う。

出ますよ、アリュージョニスト作者の新作が

 出ますよ。

 作者の最近さんは『幻想再帰のアリュージョニスト』のWeb連載を7年にわたって続けていますが、商業小説の出版は2015年の『アリス・イン・カレイドスピア』以来。今回はペンネームを新たに「品森晶」*1とたうえ、MF文庫Jからの完全新作となります。あらすじを一見すると昨今の定番トレンドを意識した内容に思えますが、端々に出てくる情報やスピンオフ作品の内容を踏まえるとどう考えても一筋縄でいくはずのない雰囲気が漂っています。発売日は明日。電子版は日替わり後すぐ読めるみたいですし、冒頭試し読みも可能。よい時代ですね。

 あと本作の発売にあわせて、スピンオフ集中連載として書き下ろされた『ハニーウィッチ・ユーフォリア』が無料公開されています。

 短めの販促小説なのかな、と思って読んでいたらどんどん更新されて既にこれだけで一冊出せるくらいの内容になっています。作者は自作に対してあまり「百合」という表現を使わない印象があるんですが、今回は「確固たる意思のもとに百合をやりました」と明言しており、ものすごいことになっています。なお私は新作発売に備えて心身沐浴して落ち着いた前夜を過ごそうと思っていたのですが、先ほど更新された最新話を読んで情緒がメタメタに破壊されて予定が何もかも破綻してしまいました。お道連れよろしくお願いします。

 以上でした。アリュージョニストは「超大作なのが長所でもありつつ難点でもある」と言われがちですが、今回の新作『祈る神の名を知らず、願う心の形も見えず、それでも月は夜空に昇る。』とスピンオフ『ハニーウィッチ・ユーフォリア』は文庫1冊の範囲に収まる分量です*2。『幻想再帰のアリュージョニスト』が気になってたけどまだ未読(もしくは序盤で止まってる)という人は、いよいよチャレンジのし時かもしれませんね。ね!

(追記)

出ました。感想です。

erlkonig.hatenablog.com

*1:シナモリアキラというと端的には『幻想再帰のアリュージョニスト』の主人公の名前なのですが、単純に「自作の主人公の名前を作者名にした」と理解するのはかなり語弊があります。アリュージョニスト本編中で様々な紆余曲折があった結果、「シナモリアキラ」には特定の個人名を超えた複雑で面妖な文脈が乗り、なかば神話的な概念とすら言えるものになっています。どうにも説明のしようがないので詳しくは本編を読んでください。

*2:『ハニーウィッチ・ユーフォリア』の最終話が10万字とかない限りは……

Web小説『幻想再帰のアリュージョニスト』を読もう!

これは何?

 Web小説『幻想再帰のアリュージョニスト』をみんな読んで! 感想も書いて! という、私が勝手に言い出したキャンペーン(キャンペーン?)についてのまとめです。いわゆる実況。非公式です。
(2018/11/07 予備日について追記)

やりかた

  • 毎日20時になったら、未読者、既読者問わずTwitterに集まって思い思いにアリュージョニストのURLを貼り、アリュージョニストを読み、ハッシュタグをつけてアリュージョニスト感想を書き込む
  • 目安として、第1話から1日1話ずつ読み進めていくかたちで「今日読む話数」を提示していますが、原則どこをどう読んでもOK
  • 目安の話数は月曜・金曜を予備日とし、週5話ペースで進めます
  • 予備日も実況してもらって大丈夫なので、遅れを取り戻したり好きな話を読むのに使ってください
  • 目安の話数を気にせず自分のペースで進めてもらってもいいし、気が向いた日だけ該当話数を実況してもらうような使い方でもいいです
  • 20時開始も目安なので、都合のよい時間帯でどうぞ


 一応ハッシュタグは以下の形式で統一しようと思います。

  • リアルタイム実況タグ: #幻想再演
  • 各話数の追いかけ用タグ: #アリュージョニスト[話数] (例. 第1話なら#アリュージョニスト1、以降ページのURLに対応した話数を使用)

 とりあえず数日やってみてうまく回りそうだったので、この方針で進めたいと思っています。こうした方がいいかな、と思ったら変更を提案するかもしれませんが、こういうのは一度動き出したらもう言い出しっぺの手を離れるものだと思うので、後は流れだと思います。

 とにかくみんなでアリュージョニスト語りがしたい、アリュージョニスト読者増えてほしい! というの趣旨なので、アリュージョニストを読むきかっけにさえなるなら細かいルールは問いません。読もう! アリュージョニスト!

背景

 ここ数年、「異常に面白い」という理由からこのブログやTwitterで繰り返しオススメしてきた『幻想再帰のアリュージョニスト』という小説があります。過去に何度も記事にしているので、アリュージョニストがどんな小説なのか、私がどれだけ目を回してハマっているかはそちらもご参照ください。

 4年にわたって連載されていたそのアリュージョニストの第4章が、先日ついに完結を迎えました。作者さんによれば全9章構想だそうなので、物語はようやく折り返しの山場である5章の手前まで来たことになります。新章の開始まではしばらく時間が空くそうなので、ファンとしては一息つけるここらで作品全体を振り返って次の盛り上がりに備えたいところ。未読の方にとっても、更新に追いつきやすい今がアリュージョニストを読みはじめる絶好のタイミングだと思います。

 もっとアリュージョニストの話がしたい、読者にもいっぱい増えてもらいたい。いろんな読者の視座から見たアリュージョニスト感想を聞いてみたい。そういう気持ちは前々から蓄積していて、思わずVTuberになって宣伝動画作ったり同人ファンブックを出したりりしてたのですが、今がいい機会ということもあり、このたび勢いあまって毎日Twitterに集まって皆でアリュージョニストを読もう! という呼びかけを始めてしまいました。

 ていうかアリュージョニスト、連載開始以来面白くなり続けていて、読者も少しずつ着実に増えてるんですけど、作品の凄まじさを思うとまだまだこんなものじゃないはずなんです。とにかくどんどんアリュージョニストの話をして、こんなに面白い小説がここにあるんだって知ってもらいたい。よく知らない小説を買ってきて読んでくれ、と言うのはなかなか難しいことですが、恐ろしいことにアリュージョニストはネットで無料公開されてるWeb小説なんですよ……。

 なので、アリュージョニストをまだ読んでいない方も、Twitterでアリュージョニストへのリンクや#幻想再演というタグを見かけたら、ぜひ1第話から読んでみてください(そしてできれば感想も……)。あなたにとって10年以上の付き合いになるかもしれない小説、幻想再帰のアリュージョニストをよろしくお願いします。

夏コミ2日目、幻想再帰のアリュージョニスト非公式ファンブック『ゼオーティアのあるきかた』頒布します

 夏コミ(C94)2日目、8/11(土)東6ツ-11aで幻想再帰のアリュージョニスト非公式ファンブック『ゼオーティアのあるきかた』を頒布します。600円です。ざっくりライトノベル系の島のあたりにあると思います。

 Web小説『幻想再帰のアリュージョニスト』未読者向けの作品紹介を主眼としつつ、既読者にとってもファンブック的に読んでもらえる内容を目指しました。ゲームのガイドブック風の雰囲気が伝わるといいな……。

 また、今回はアリュージョニストを多くの人に知ってもらうのが目的のため、かなり分厚い無料おためし版も相当数ご用意しました。「アリュージョニスト、名前は聞いたことあるけどよく分からないな……」という方も是非お立ち寄りください!

目次

  • ゼオーティアってどんなところ?
  • イラストでわかる人物紹介
  • これまでのアリュージョニスト
  • 読者アンケート

そのほか

 以前作った「ゆらぎの神話」本の残部を多少持っていきます。

 2日目土曜日、よろしくお願いします。

アリュージョニスト関係記事まとめ

 沼にハマったファンが目玉グルグルさせて謎のミームを発しまくっていることでお馴染み(お馴染みではない)のオカルトパンクWeb小説『幻想再帰のアリュージョニスト』がめっちゃ好きすぎてことあるごとにアリュージョニストの話してたらずいぶん記事が増えてしまったので紹介用も兼ねてめぼしい関連記事を一覧してみました。本編読み尽くしてしまったから誰かのアリュージョニスト感想が読みたい! という方やアリュージョニストって何? っていう方の参考になれば幸いです。それにしても私ほんといつもアリュージョニストの話してますね……(アリュージョニスト読んでくれ頼む)。

比較的紹介っぽいもの

与太話と呪術的思考の楽園 、『幻想再帰のアリュージョニスト』が楽しいという話

 クリスマスまでのアドベントカレンダーに合わせて毎日誰かがブログなどを書いていく文化があるそうで。私の周りでもゆらぎの神話・アリュージョニスト・アリスピ Advent Calendar 2016
というものが立ち上がったので、安直に参加させていただきました。ゆらぎの神話とかアリュージョニストに絡むなら何書いてもいいらしいので気軽にいきます。

 ゆらぎの神話・アリュージョニスト読者向けの企画ではありますが、せっかくなので今回はアリュージョニスト未読者でも読めるような書き方をして、紹介記事を兼ねたいと思います*1。アリュージョニストの面白さって色々な方向に伸びてるので、人に紹介するとき上手くテーマを絞れず散漫になってしまいがちなのですが、今日は「アリュージョニストは与太話をしていい土台が丁寧に作られてて楽しい!」っていう話をします。

与太話は楽しい、でも取り扱いが難しい

 まず一般論として、公の場で根拠も検証も乏しい雑な思いつきを断定的に吹聴するのは好ましいことではありません。雑な大きさの主語、雑な社会反映論、雑な世代論、雑な経験則、雑な業界裏話、雑な創作論、雑な時事ネタ、雑な教養。「何でも言ってみることで議論が深まる」的な主張も見かけますが、そんな思いつきがバズっても大抵は誤った情報が流布するだけですし、本当に「議論を深める」ために使われるはずだった識者の時間と労力は、既に決着が着いた古い話題やデマの解消のために浪費されていきます*2

 一方で、私は内面の良くないボンクラ種の人間なので、根拠も検証も乏しい雑な思いつきを考えなしに早口で捲したてるのはメチャクチャ楽しいぞ、という気持ちがあります。何かと何かのあいだに因果関係を見出す遊びはある種の人々にとって強烈な快楽があって、物語の楽しさってかなりこの感覚と関連があると思うのですが、快楽そのものを目的とする場合は事実関係が二の次になってしまいます。何かそれっぽい理屈を見つけて社会を切るのは気持ちいいぞ、という話なのですが、フィクション作品を深読みしてやたら理屈をつけたがる遊びもまさにこの一種です。こういうことする人間はどうにも周囲から煙たがられてそうなイメージがありますが、太陽や月はどうしてあるの? みたいな疑問に因果関係を付与する神話とかいう遊びは大体どこの文化圏でも昔流行っていたので、割と一般的な話でもあるのだと思います。

 今日び、特に日本では神話伝説のたぐいは概ね架空の話として扱われていますし、フィクション作品を深読みする遊びに本気で目くじら立てる人もそんなにいないと思います。とはいえ、「作者の意図はこうである」みたいな話になってくると「実在する作者」に関する「真偽」が問題になってきますし、歴史的事実とフィクションの境界についての認識なんて多くの人にとってかなり曖昧です。作品から作者・読者の欲望や現実社会の象徴を読み取ったり、歴史作家のもっともらしい話を鵜呑みにしたり、架空のキャラクターから受けた印象を現実の属性集団に対する認識に反映したりといった事例は日常的にいくらでも存在するはずで、フィクションとて現実から切り離された自由な楽園ではありません。

 デマとかたいそうな話までいかなくとも、ある作品についてあることないこと深読みして牽強付会な「意味」をやたらと吹聴するのは、本来あまり品の良いことではない、と思います。雑な読みを禁じる法などありませんし、作品の書かれた背景や作者の発言などの周辺情報で虚偽を述べない限り何をどう読もうと勝手なはずですが、品が良いか悪いかで言うと、一般論として多分あまり良くはない。ある作品が無茶苦茶な読解で話のネタにされていたら、作者も読者もそんなに良い気はしないでしょう。別にそれで構わない、と考えるファイターはもちろん好きにしたらいいのですが、むやみに人に嫌われたくないのであれば、人前で発言するときは慎重になった方が賢明です。

 ただしこれはあくまで一般論なので、むしろ作品そのものがそんな胡乱な概念の集積みたいな構造をしていて、深読みや思いつきの雑語りにものすごく相性いい作家や作風、そしてそんな胡乱な話題を大いに楽しんでしまうファン層というのが一部には存在します。いえ、それを雑語りと言ってしまうのは本当はちょっと違うかも知れず、雑な中にも外してはならない筋とか倫理みたい何かが作品ごとに(あるいは人ごとに)ある気がするのですが、そこはちょっと文章化が難しいので置いとくとして*3、つまり私のTLでよく「与太話」とか呼ばれてるアレの話がしたいわけです(とか言われても私のTL知らない人は困ると思いますがとにかくアレなんですよ)。

 最近の有名どころだとFGOとか忍殺あたりでこの手の与太話が大量に観測できて、実際に作者の中の人々がどう思っているかはともかく、大枠として「与太話していい文化」がファン層(の一部)の中で形成されています。多くのファンが集まってどんどん深読みを重ねていくという状況自体は『シン・ゴジラ』なんかも近かったと思うのですが、あちらはモノがモノなだけに現実の日本と照らし合わせて現実に接続した社会論的な文脈で語られることが圧倒的に多く、ここで言っている「与太話をあくまで与太話として積み重ねていく」感じとは少し毛色が違うものだったのかなと思います。そして、その些細な違いが、与太話を与太話として楽しむ上では大事なのかなとも。

与太話と呪術

 前置きが長くなって申し訳ないのですが、ここでようやくアリュージョニストの話になります。先ほど与太話ができる作品としてFGOや忍殺を挙げたわけですが、アリュージョニストもまたそういう土壌を培うことに成功した作品のひとつだと思っています。FGOや忍殺についても色々あると思うのですが、そっちは詳しい人が別にいっぱいいると思うので、今回はアリュージョニストの話をします(このあたりから私の喋り方が早口になる)。

 未読の方向けに紹介しておくと、『幻想再帰のアリュージョニスト』の舞台であるゼオーティアという世界は呪術の原理に支配されていて、「アナロジーの誤謬が物理法則を屈服させる呪術の世界」「似ているものは同じものである」といった表現で説明されます。ゼオーティアでは「それっぽく語られたもの」は実際「それそのもの」なので、比喩表現が現実を改竄し、認知バイアスが実際の因果関係を生み出します。この時点で私たちの暮らす「どんなにそれっぽくても違うものは違う」地球とは世界の根本法則が異なるわけですが、「それっぽい」「語り」によって世界が形成され改竄されていく性質は、ことさら「与太話」に適しています。というかゼオーティアにおいて、「与太話」は呪術そのものです。だって「深読み」によって何かと何かの間に因果関係を見いだせば実際そこに因果関係が生じ、なんかもっともらしい屁理屈を早口で撒くし立てて「それっぽさ」を演出できれば実際に現実を改竄できるのがアリュージョニストの世界なのです。

 ここが呪術の法則に支配されていない猫の国であることを除けば、私たちがTwitterとかで日常的に繰り返している与太話も同じ性質のものだと言えます。どんなに雑で根拠に乏しい思いつきでも、とりあえず勢いさえあれば呪術の法則に則って現実に作用しうるので、アリュージョニスト世界では呪術的言辞として一定の意味を持つ言葉になります。かくしてアリュージョニスト読者のTLには与太話が溢れ、「アリュージョニストの架空のアニメ感想をツイートし続ければいつか現実が改竄されて実際アニメ化される」とか、「アリュージョニストと女児アニメには様々な共通点があるからアリュージョニストは実質女児アニメである」とかいった胡乱な話が無限に生成されていきます。なお「アリュージョニストは実質女児アニメ」という呪文は実際に現実を改竄することに成功しており、今年の春頃から本編が地下迷宮アイドル活動編に突入しました。アリュージョニスト読んでくれ頼む。

 なんかアリュージョニスト読者のことを目玉グルグル回した狂人の集団みたいに説明してしましましたが、作品本編からして「キーボードをメチャクチャ早く叩くことによって凄腕ハッカー感を演出し呪的サイバー戦で有利に立つ」「アイドルがポーズをキメることで存在感が高まり呪的な爆発が生じて敵が吹っ飛ぶ」みたいな胡乱な描写がドカドカ出てくる話なので仕方ありません。こんな紹介の仕方ばっかりしてると悪ふざけの過ぎるギャグ小説みたいに思われそうでアレなんですが、この作品は「崇高なものと低俗なものの価値を転倒させて等しく並べる」展開を繰り返し描いています。大真面目な顔をして悪ふざけを繰り返し、あまりに異常な光景の連続に感覚が麻痺して謎の感動で笑えてくるのがアリュージョニストの面白さだと私は思っていて、まあつまりアリュージョニスト本編がそもそも高度な与太の塊なわけです。

 アリュージョニストには、はてな村の住民好みの悪いインターネット的な呪術も頻繁に出てきます。雑な議論を巻き起こしアクセスを稼ぎまくることで存在承認を得て強大な呪術師になるとか、捏造した伝統が広まって人々に承認されたら過去が改竄されて歴史的事実になるとか、それっぽい理屈でぶち上げた疑似科学は実際に効力を発揮するとか、批判意見を一切耳に入れない無敵のアカウントが自分の死すら認めず不死身の肉体で突撃してくるとか(大迷惑)。「見るも無残な地獄インターネットであった」みたいなパワーワードも出てくるので皆どんどん使っていきましょう。

 まあこの通りかなりアレな話題が多いアリュージョニストなんですが、呪術的思考があくまで呪術的思考と強調して描写されているのがこの作品のポイントです。認知バイアスや偏見、主語の大きな話題やゴシップが今もそこら中に蔓延していることから分かるように、呪術的思考は決して旧世界の遺物ではなく、21世紀の日本においてなお日常的に存在するものです。しかしアリュージョニストでは、そういう認知の歪みがいちいち「呪術的思考」として指摘され、その上で呪術世界の法則に従って現実に影響を及ぼします。逆に言えば、呪術的思考をすんなり現実として受け容れるのではなく、「あっこれ呪術的思考だ」と意識する過程がなければ、アリュージョニストの呪術描写は全く楽しめないわけです(ちなみに脳がアリュージョニストになってくると、現実の生活の中にも似たような呪術的思考が遍在していることに気がついて「あっこれアリュージョニストで見たやつだ」とか言い出す人間になったりします)。

 面白いことに、呪術の面白さを描けば描くほど、呪術の論理を強調すればするほど、現実世界においてそれは決して合理的な考え方ではなく、認知の歪みや詭弁に属する類の話だと裏付けられることになります。私もアリュージョニストの話題に絡めて益体もない与太話、明らかに理屈の捻くれた詭弁、筋の通らない冗談をTwitterや私生活で垂れ流しているのですが、こういう発言を与太話、笑い話として扱えるのは、アリュージョニストの「呪術」の枠組みがそこに一線を引いてくれているからです。身の回りのアリュージョニスト読者はだいたいこの辺の文脈を共有してくれてるので、アリュージョニストに関してはかなり胡乱度の高い与太話をしても許してもらえるのですが、考えなしに他作品を同じような手つきで扱うと、多分誰かに怒られるでしょう(まあ結局はそれを誰が聞いてどう思うかなので、その手の発言しても全然オッケーという場や人間関係を築けてさえいれば、特に支障はないのだと思いますが)。

楽しい与太話ライフのために

 そういうわけで、胡乱な与太話を自由に満喫できるアリュージョニストたのしい! という話でした。ただこいう話を「呪術はあくまで呪術、与太話はあくまで与太話」と割り切って枠の中で楽しむ分には問題ないのですが、はっちゃけすぎて枠の一線を越えるようなことがあれば、それは本当に単なる雑な放言になってしまいます。男性性を励起する社会呪術を行使するために行われる「テンプレ的な男根主義的ふるまい」の描写とかをはじめ、作中ではほとんどネタか呪的廃棄物みたいな扱いでも、その文脈から一歩外に出ると相当ヤクい取扱危険物と化す話題がアリュージョニストではいっぱい扱われていて、私たちが遊んでいるのはそういう危険な代物だということは肝に銘じておいた方がいい、かもしれません。

 こんな話をするのは、私たちに与太話の場を与えてくれているアリュージョニストの「呪術」の枠組みが、それ自体はかなり丁寧に「メチャクチャな話をしてもいいように」作り込まれたものだと感じているからです(別にそれを目的として作られたわけでもないでしょうが、結果として)。アリュージョニストというとても面白い作品が用意してくれた貴重な場を、不用意なやらかしで台無しにはしたくありません。特に、雑な放言のたぐいが文脈を越えてどこかに飛び火してしまうような事態は避けたいものです(そういう雑な言説に傷つけられ、立ち向かうような展開も、アリュージョニストは描いてきたわけですから)。

 なんか最後フワッとしたまとまりのない話になってしまいましたが、書きたいことはだいたい書けた気がするのでこんなところです。私はアリュージョニストで「与太話」という概念がようやく身についた気がしていて、それまでは作中世界独自の理屈とかを「設定」という側面でしか捉えられていなかったのではないかと思っています。たとえばアリュージョニストを読む前にFGOをやっていたら、「与太話」の感覚がよく分からなくて今みたいにげらげら笑いながら楽しめていたかどうか分かりません。この概念のおかげで特定種の作品を二倍、三倍楽しめるようになったと思うので、そういう意味でもアリュージョニストとの出逢いは素晴らしいものでした。冗談抜きで、視座がひとつ増えたという感じです。これからもどんどんアリュージョニストの与太話をしてきたいし、与太話のできる作品を見つけたら安直に手を伸ばし、与太の環を広げていきたいです。他作品の与太話勢におかれましては、これを機会にアリュージョニストの呪術と与太話にも興味を持っていただければなあと思います。

*1:普通に書いてても手癖でなんかそうなってしまったりする。

*2:一波乱起こして話題を集めた後は徹底してアフターケアに務め、寄せられた批判をまとめた上で誤情報の訂正をきっちり周知し、次の議論に繋げていくようなスタイルが有効なことはもしかしたらあるのかもしれませんが、こういう責任の取り方はそれはそれで多大な労力がかかるので、雑な話をただ連発してる人には当てはまりません

*3:ここいちばん大事な話な気もするけど説明できないので仕方ないのです。

オカルトパンクWeb小説『幻想再帰のアリュージョニスト』が地下迷宮アイドル活動編に突入して呪術ライブ合戦はじまる

 自分でも何を言っているのか分かりませんがタイトルの通りです。『幻想再帰のアリュージョニスト』は未来の日本人だった主人公が異世界転生保険という制度によって異世界のダンジョンに転生するところから始まるオカルトパンク小説で、ミームに呪力が宿る世界で与太話を駆使して荒唐無稽な戦いを繰り広げる大長編なのですが、このたび地下迷宮ライブステージを舞台にした本格的なアイドル活動編に突入して動転したので、思わず感想を書いてしまったという次第です。

 なんでこんな展開になったかというと、地下迷宮に囚われたヒロインが今ハマってるジャンルがアイドル音ゲーだったから迷宮自体がアイドル音ゲー空間になってしまってこのダンジョンを攻略するにはライブパフォーマンスでアイドルランキングの下克上を駆け抜けるしかないということらしくて*1、ていうかこの時点でもうわけが分からないのですが、何にせよバトルメインの小説でいきなりアイドル活動編が始まるトカ普通は思わないので読者はいま目玉グルグルになって泡吹きながら「やっぱり女児アニメじゃないか!」とか叫んでるところです(ちなみにアイドル活動編に入る前は主人公という格の存在掌握を巡って各勢力が過去と文脈の改竄合戦を繰り広げてました)。

 しかもこれ、息抜き回の一発ネタじゃなくてストーリー上の重要な展開として何話も続くっぽいし、大真面目に呪術ブランド戦略を練ったり、呪術師や亜人*2たちのライブパフォーマンスを戦闘シーンと同様の密度で描写したり、内容が完全に本編なんですね。いきなりアイドル編に突入して泡吹いたとは言いましたが、今までの流れを思うとこの展開って実は完全に理に適っていて、存在感の強さや人々の印象はそのままこの世界の呪力に直結するという話はこの小説の基本的な思考として繰り返し繰り返し語られてきたことなのです。だからとうぜん高位の呪術師はたいてい芸能人を兼ねてたり自分のブランドを持っていたりするし、そもそも「歌って踊れるアイドル呪術師」自体は既に重要キャラとしてとっくに登場済みで、ライブイベント会場が敵に襲撃されてパフォーマンスで呪力を高めながら戦うみたいな戦闘シーンは既に当たり前のように描写されていたのでした。なにより『幻想再帰のアリュージョニスト』って「こういう胡乱なことをやっても構わない」という懐の深い与太の基盤を2年間かけて地道に築き上げてきたような小説なので、「ああ……アリュージョニストだ……」っていう感想になってしまうんですね。あと女性の服装に関する語彙とかもやたら豊富だったし……。予想外の展開に驚きおののく一方で、「こうなったのは当然の流れ」という納得感もまたあり、その奇妙な興奮と開悟が表現しがたい感情を湧き上がらせてなんかもう笑うしかない、というのが今の私の心境です。

 アイドル活動編に入ってからのお話はこの辺で読めます。思いっきり「アイドルカツドウ」って言ってて何らかの元ネタを彷彿とさせますが、特定の作品というよりも「アイドル」「音ゲー」などのコンテンツ全般のイメージがふんだんに引喩され、それが元々の異世界オカルトパンクな世界観に落し込まれている感じですね。まだ地下迷宮がステージと化してから2話なので、この展開が数話で終わるのかもっと続くのかは分かりませんが、めちゃくちゃ面白いことになってるのでみんな読むといいよという話でした。

*1:ここで「何が囚われてるだ完全に空間掌握してるじゃねーか!」というツッコミが入ります。

*2:ところで亜人っていう言い方この世界のポリコレ的に問題ありましたっけ?