揺れ動く心の形に名前をつける。作り込まれた世界と叙情溢れる青春ファンタジー『祈る神の名を知らず、願う心の形も見えず、それでも月は夜空に昇る』
MF文庫Jから出版された新作ライトノベル小説。濃密で要素の多い物語なので一言でジャンルを説明するのもなかなか難しいのですが、ピックアップするなら「異世界ファンタジー」「青春小説」あたりでしょうか。
民族の神話や遺物・国際情勢など、奥行きのある「設定」を楽しめる作品で、独特の論理で繰り広げられる破天荒なバトル描写も魅力です。種族差別が横行する社会の残酷さ・複雑さとそれに向き合う姿勢をかなりストレートに描いていたり、「言葉」や「名づけ」が重要なキーワードになっていたり、血と臓物まみれの悪夢の描写が強烈なビジュアルイメージとなっていたりと、要素要素でも印象的なモチーフが多いですね。
そんな多岐にわたる要素が徐々に噛み合っていき、登場人物たちの抱える願い、祈り、切実な決断や心打たれる言葉へと収束していくクライマックスは圧巻。没入したまま読み終わり、本を閉じて虚空を見つめ、しばらくしてはーっとため息をつく、そういう類の小説でした。イラストレターのみすみさんが手がける挿絵も情感的なシーンで効果的に使われていて、雰囲気に合っていたと思います。
私はもともと作者のWeb小説『幻想再帰のアリュージョニスト』のファンですが、MF文庫Jからの出版は初ということで、今回は過去作品への言及控えめの紹介感想を書いてみます。
増殖する「理想の勇者」
主人公は1000年前の世界から転生してきたとされる勇者。勇者の器である肉体は人の願いに応えて人格を浮かび上がらせる特質を持つのですが、別々の少女が異なる「理想の勇者像」を心に抱いて願いを捧げたため、顕現した勇者も分裂して人格がブレてしまうという奇妙な状態に陥ります。結局同じ学園に通うことになった勇者(たち)と少女たちが、理想の勇者の存在権を巡ってドタバタしていく、というところが本作のラブコメ要素ですね。と同時に、他人の願いを起源とするため自我が確立しきっていない勇者と、その願いがどういうものなのか自分でも自覚しきれていない少女たちが、迷い、ぶつかり、それぞれの心の形に向き合っていく展開は物語の中心軸でもあります。
勇者を取り合う少女たちが火花を散らしながらも関係を育んでいくところは、変化球ながらもよい学園青春小説です。肉体を共有している勇者たちはまたちょっと事情が違いますが、「自分であり、自分ではない」存在への接し方や信頼の在り方にも興味深いものがありました。特に「世界は全て俺のものなので俺の別人格も俺のもの」論理で自分の別人格が外部からあれこれされるのを拒絶するオレ様系勇者・アドのスタイルが好きでしたね。
テンポよく飛躍していく序盤、濃密に突き抜けていく終盤
作者は品森晶さんは「小説家になろう」で300万字オーバーの大長編を書いている方。本作もMF文庫Jとしては珍しい420ページというボリュームですが、続編への仕込みを忍ばせつつ1冊の中でまとまっていて、綺麗な構成の作品でした。前半はかなりテンポがよくて、どんどんストーリーが展開していくスピード感が気持ちよいです。描写の中に数多くの情報が散りばめられてはいるのですが、それ以上に話が早いので、設定説明でテンポが崩れることなく読んでいけるんですね。
試し読み部分で読める最序盤にも、「おっ」と思う面白いシーンがありました。2章で天使の王国を襲撃する邪教徒。これよく読むと「百回以上の試行錯誤によるパターン把握」とか「時間を巻き戻せない」とかどう考えてもループ能力者としか思えないこと口走ってますよね? こういうのって普通だったら主人公かラスボス格みたいな強キャラなんですが、そんな敵が初戦のかませザコ扱いで瞬殺されて、特に細かい説明もないまま話が進んでいきます。そんなのアリ!? と驚きましたが、こうすることで「ループ能力者とのバトル程度をいちいち解説するまでもない勇者の強さ」「そんな重要シーンをかっ飛ばしていくシナリオのスピード感」をわずかな紙幅で表現しているんですね。さらに後々の展開への伏線にもなっているし、別に気づかなくて支障があるわけではないし、とても巧いシーンです。
本作にはこういう飛躍が随所にあり、独特のスピード感を楽しむことができます。特に中盤まではこの傾向が強くて、テンポのよい展開にぐいぐい読まされるうち、いつの間にか作品世界の基本事項も頭に入っているという塩梅になっています。後半になると徐々に文章のテンションや情報密度が高まってくるのですが、ここまで読んだ読者なら頭が作品世界に馴染んできているので、そう恐れることもなさそうです。
本作のクライマックスは、まさに情報と感情の奔流と言うべきもの。どんどん突き抜けていく展開には理解の追いつかないところもありますが、そこで手を止めることなく翻弄されるままに読み進めていくのも本作の醍醐味かと思います。理解を超えた描写に圧倒されている状態と、極限の環境で切羽詰まった登場人物たちの状態は不思議にリンクしていて、そんな混乱した心理状態の中でこそ受け取れる情感が本作にはありました。最終的に登場人物の心のありかたに収束していく青春作品なので、まずはそこさえ外さなければ大丈夫かと思います。
シリアスでシビアな世界、でも時々降ってくる異様なシュールさ
血なまぐさい悪夢のイメージ、差別が横行し権謀術数が張り巡らされた学園生活など、本作は基本的にシリアスな雰囲気の漂う作品です。ただし登場人物(の何人か)が前向きで明るいのに加え、みすみさんの美しいイラストもあってか、全体を通してみると必ずしも重苦しいばかりの印象はありませんでした。
あとこの小説、単純なギャグとは捉えにくいんですが、時々なんかヘンテコなシーンが降ってくるんですよね。ボス格のループ能力者が序盤で何か喚きながら瞬殺されるのとかもよく考えたらシュールなんですが、格好いいのかアホなのか分からない勇者アド様とか、言動が妙に若々しい齢1000歳の老人*1とか、個人的な感覚ですがなんか飄々と抜けたところがキャラクターや文体に漂っていて、私は好きです。
あと、これはネタバレなので深くは言えないんですが、
リンク先は3人目の勇者ドーパと、彼を呼び出すことになる3人目の少女ミードの公式紹介画像です。2人とも見目麗しく理知的そうなエルフですが、勇者ドーパの方をよくよく読んでみると何か異様なことが書いてありますね? 「弟を主張」? 「姉になるよう洗脳」?
ちなみにこれは作者による「勇者ドーパ」視点の作品紹介ツイート(後半の方)。
蘇った『自称弟』の少年・ドーパは、愛しい姉(ではない)ミードを救うため颯爽と【学院】に降臨する。
— 品森晶/最近 (@homiya) June 27, 2021
しかし、何故か彼の姉(ではない)は弟の記憶を持っていないことが判明(姉ではないため)。
変人と恐れられることになるが、ドーパの美貌と美声と洗脳で徐々にその心は解きほぐされていき……?
はい。
本作には「どう見てもシリアスな場面だし、感動的なんだけど、これ何?」みたいなシーンがところどころにあって、ものすごく不思議な感覚に陥ることがあります。泣けばいいのか、笑えばいいのか。シリアスなのかギャグなのか。ただ本作は、善や悪、真実と虚構、現実と理想をスパッと切り分けない可能性を示唆していく物語なので、何かそういうことなのかもしれません。こういうの、私はすごく好きですね……。
無料公開スピンオフ、超絶の百合
ちなみに「本編の雰囲気や空気感などの参考」になる無料公開のスピンオフ作品として『ハニーウィッチ・ユーフォリア』という小説が集中連載されていました(本編完結済み)。
またちょっと理解しがたい話が増えるんですが、無料公開スピンオフと言いつつ14万字を超えていて、余裕でもう1冊出せるボリュームです。これ何日かけて書いたの?!
ちなみに百合です。『アリュージョニスト』はやりたいこととやるべきことをやっていたら自然とあんな感じになりましたが、今回は『百合をやるぞ』という確固たる意志のもとに百合をやりました。対戦よろしくお願いします。
— 品森晶/最近 (@homiya) June 14, 2021
めっちゃ熾烈で完成度の高い百合でした。やばかったです。ちょっと解釈の広いリスキーな言葉なので私あんまり百合って使わないのですが、これは「百合!」って言うしかない気持ちになる。新作小説発売日に完結したんですが、私はこの百合のせいで情緒がムチャクチャになり、新作小説の方を読み切りまでに1日精神を休ませる必要がありました……。
内容はたしかに本編と世界を同一とするスピンオフ作品。登場人物は本編と異なり、独自に完結した物語なので、どちらから読んでもいい相補的な構成になっています。本編買おうか迷っている人が参考として読むもよし、本編読んだ人がさらなる世界の奥行きを求めて読むもよし。本編ともども凄まじい作品でした……。
*1:私このおじいさんがこの小説のマスコットだと思う。