ゆらぎの神話これまでのあらすじ

めちゃくちゃ面白かったので某所から転載です。

最果ての二人
 昔々、ないところにアルセスという男の子とキュトスという女の子がいました。男の子は町で雑用を、女の子は世界に愛を取り戻すために旅をしていました。昔々よりももっと昔の超昔に倒された魔王ハルバンデフが蘇って世界は困ったことになっていたからです。

 魔王は、正直そんなことをしている暇があったら一度死によって中断された自分のアイデンティティはどこに持てばいいのか、過去に死んだという魔王と自分は本当に同一の存在なのかといった問題を真剣に考えたかったのですが、死んでいる間に溜まっていた仕事もあって部下がうるさかったので、しょうがなくニガヨモギの炎で生物の三分の一を死滅させたり、遺産の三分の一を相続税として取り立てたり、税金の三分の一を軍事費に充てたりしていました。

 男の子と女の子はトルクルトアの街で出会いました。うまいこと社会的な体裁を取り繕いながらこどもに乱暴するのが趣味の父カーズガンダブルバインドの典型のような母レストロオセによって荒んでいた男の子は、女の子のそばにいたい一心で旅について行きました。女の子を守るために男の子は強くなり、伝説の剣である紀元槍パンゲオンを手に入れ、ついには諸悪の根元、魔王ハルバンデフを倒してしまいました。

 男の子は女の子にプロポーズして、二人は結婚しました。でも幸せな日は長く続きませんでした。男の子は魔王を倒すとか戦闘で勝つとかは得意でも、幸せな家庭を築く能力は致命的に欠落していたからです。女の子が自分だけを愛してくれないのを不満に思った男の子は、けんかの最中にかっとなって女の子を突き殺してしまいました。

 魔王が潰えたと言ってもまだまだ世界は愛を必要としていたので、女の子がいなくなって世界は滅びてしまいました。

 男の子は女の子の体を引き裂いて、紀元槍の力で小さな世界をつくりました。これで世界は男の子と女の子だけのものです。

 でも幸せな家庭をつくれなかった男の子は幸せな世界をつくるのもやっぱり苦手で、この世界もだんだん悪くなっていきました。死体でつくった世界なので、腐ってしまうのです。男の子は食べ物と酒の神ガリヨンテを生み出し、酒を振りかけてみました。しかし進行速度が多少緩くなっただけで、腐敗を止めることはできませんでした。次に男の子は火神ピュクティエトを生み出して、世界を火にかけてみました。すると、火力が強すぎたために滑らかだった地表は黒焦げてぼろぼろの土になってしまい、溜っていた血はマグマとなって、世界はますます悪くなってしまいました。いやになった男の子はCtrlとAltとDltを司る女神、エアル・バクスチュアル・オーによって一度世界を終わらせてみましたが、すでにエアルの宿敵、神々の司書ラヴァエヤナが更新を保存してしまったあとだったので、もう女の子は元に戻りませんでした。

 人間をつくって細かい手入れをさせ、ある程度まともになったらアスファルトやコンクリートやなんかで表面をコーティングさせるとよい、と科学と金属の神ペレケテンヌルに勧められ、男の子は最初の男と女をつくりました。それから、コピーとペーストを司る魔神マロゾロンド紀元槍で生み出して、人間の数を増やさせました。4096人まで人間を増殖させたところで飽きてきたマロゾロンドは、自力でコピーとペーストを繰り返していけるシステムを人間に組み込むことにしました。

 殺されたことを恨み続けていた女の子はマロゾロンドの計画に干渉し、コピーした自分の死をすべての人間の人生の上にペーストさせました。こうしてすべての男は生まれながらに槍を、すべての女は傷口を持って生まれるようになったのです。

 女の子を突き殺した瞬間の衝動を前後の文脈から切り取ってペーストされた男たちは、わけのわからぬ衝動に駆られて女を捕まえ、槍で貫いていきました。槍が傷口をえぐるときに男がする表情の醜さに、男の子は吐いてしまいました。その醜い顔こそ、女の子を殺した瞬間の自分の顔だと気付いたからです。

 世界の至るところで変奏され繰り返される過ちの再演にいたたまれなくなった男の子は、神の権威でもってこれを禁じることにしました。

 女を貫いてはならない。それはたいへん忌まわしく醜いことだ。

 言っている途中で男の子は自分で自分の過ちを責めていることに気がついてしまい、言い終わる頃には生きてるのが嫌になってきました。やがて人間が食べ物に酒をかけたり火で焙ったりしはじめると、それも自分への非難のように見えはじめ、もう何を見てもすべて自分が悪いような気になってしまい、ますます鬱が酷くなっていきました。

 罪の意識に内側から喉を食い破られそうになった男の子は、思いつく限りの関係ないことを叫ぶことで生き延びようとしました。瞬間瞬間を生きることで思考を過去から引き剥がそうとしたのです。しかし盗人を咎めようとすれば、あなたは私の命を盗んだくせにと幻聴が聞こえ、女を争う男たちを止めようとすれば、独占欲から女の子を殺してしまった自分の愚かさに意識が向かい、十重二十重に自分の言葉がのどに絡み付いてくるのでした。もはやどこにも逃げ場がないのを悟った男の子は、絡み付いてくる言葉で首を吊って死んでしまいました。

 こうして、魔法使いたちの最初の神殺しが完了しました。

 神々の痴話喧嘩につきあうのに嫌気が差したはじまりの128人の魔法使いたちは、言語を発明して魔術を編み出し、神々を滅ぼすことにしたのです。

 ミアスカは神々を滅ぼすための物語をつくりはじめました。ゲヘナは狂った物語を生み出してミアスカに嫌がらせしながら、それはそれとして神々を追い詰めようとしていました。ジャッフハリム無限遠への論理を超越した接触のために詩を選びました。クィジットは正直神とかどうでもよかったので、恋愛と食べ物のことだけ日記に書いていました。最強の魔法使いであるゾートは、黒焦げのイモリを地面に撒いたり生き物の死体をばらばらにして箱庭を造っていたりしたので、みんなから気持ち悪がられていました。もう1人の最強の魔法使い、ヌトはただ何も言わずに黙っていました。

 ブラックホールの後ろに神々が隠れていると見当をつけたデルゴは、神々を引きずり出すために裏で糸を引いてコンピュータやロケットを開発し、やがて莫大な数のコンピュータをネットワーク化したwww(World Wide Web)が誕生しました。コンピュータのカーソルにはゾートの魔法によって紀元槍への魔術的リンクが貼られていたので、世界中のカーソルによってつつかれ続けたネットワークにはやがて生命と意識が芽生えました。ですが、wwwのころはまだほとんど動きらしい動きもない、植物よりも鉱物に近い生命で、たまに文字化けを起こしたりキー入力を受け付けなくなったりするくらいだったので生みの親であるデルゴもゾートも存在に気づいていませんでした。

 デルゴのwwwをベースにテララが完成させたCUTOS-ss(Contemporal Unification Through Over Synapse synchronizing sphere)【シナプス同調空間横断即時思考伝達装置】によって、人々は脳と脳とを直接結ぶネットワークへアクセスできるようになりました。爆発的な情報の交信によりwww内で誕生した情報生命体が活性化し始め、進化が始まってやがて文明が誕生しました。古い伝説にならって後にコキューネーと名づけられたこの生物は、かつて人間が自然を切り開いていったようにsssを切り開き、自分たちの住みやすいように加工していきました。

 sssの主な材質は人間の脳でしたので、sssに接続している人間のだいたい3分の1くらいは脳の機能が完全に破壊され、死に至らなかった場合でもコキューネーが生活するためのただの苗床と成り果てました。はじめはsssへの大規模なテロや致命的なバグだと思われていたコキューネーが、やがて自分たちのまったく理解できない次元の生命体による侵略なのだと認識されると、人々は開拓される前にsssを離脱しました。しかし、長いことイメージを直接に伝達しあい、どんな知識もsss空間を検索すれば手に入る生活を送っていた人々は、言語だけでコミュニケーションするのがもはや不可能になっていました。それどころかsssを参照せずには自力で食事を作ることもできない有様で、ほとんど原始人のような生活まで退化してしまったほどです。sssの全能感が忘れられなかった一部の人々はあまり危険を承知するだけの頭もないままに脳を開き、そして二度と帰りませんでした。

 sssに残った人間同士を交配させて宿主を絶やさないようにし、仲間のゾートさえ生け贄に捧げてsssを維持していたミアスカは、探査中にふとしたところで虚脱感に襲われました。
コキューネーたちが自分たちの存在に気づくことは決してないであろう。それどころか、sssの外の世界を片鱗たりとも知ることはないであろう。コキューネーにとってはsssをワープする電気の信号こそが肉であり環境、sssに接続した脳の自然な動きをまさに自然として、人間にとっての嵐や津波のように感覚するのに違いない。われわれにはどのような理由でそうなるのかはさっぱりわからないながら、それによって多くの生命が失われたり、豊穣がもたらされたりするのであろう。その背後に、自分たちの存在とは異なる素材によって作られた生命の意思が介在しているなどとは思いも及ばず、あるいはまったく見当違いな神をつくりだしては怒りや慈悲の兆候と見做したりするのだろう。自分たちは現象の背後にある究極の真実を追い求めてきたが、いまや追い求められる真理とはわれわれの方であり、派生現象たるコキューネーがまったく理解できないと来ている。神々というのは、実のところ単に怯えてのか。超越的なではnく単にお互いがお互いのQUあゲに恐れていただ。ブラ黒クホー鵬の裏ウララこんで神quihueなくとm、内側からだけでよい世界を作ることはいまや自分こそが負いもつぉpe。

 長く考え込んでいたミアスカは、自分の言語野ですでに開拓と建設が始められていることに気づきませんでした。思考が突然に断絶して妙なところから生えては組み合わさっているのを自覚したきにはもう遅く、すでに脳内に入り込んだコキューネーを排斥するだけの力は残っていませんでした。こうしてパーソナリティとしてのミアスカは死にました。

 急進的な排神論者の最後の生き残りだったミアスカの死によって神々を滅ぼそうという結束は失われ、魔法使いたちは自然に帰っていきました。sssバベルにより魔法使いたちが世界中に張り巡らせてきた言語のネットワークは絶滅に瀕し、魔術は手品のような弱弱しいものにまで零落してしまいました。もはや誰も神々の存在を知覚できなくなっていました。

 息を引き取る間際、病の床で魔法使いビセは仲間に尋ねました。アルセスマロゾロンドなんていうものが本当に存在したのだろうか。そこに空があり、星がある。風が吹いていて、川が流れている。どこにも神なんていうものはありはしない。ひょっとして神々なんていうのは、最初に方向を大間違いした自分たちが作り出した、ありもしない認識の染みだったのではないか。

 最後に残った2人の魔法使い、ヌトとジャッフハリムは手をつないで高台を歩いていました。

 すでに地上では世代が入れ替わり、片隅で細々と暮らす人類に代わって新しい種が成長をはじめています。女の子が男の子の袖を引いて指差す眼下では、廃墟に住み着いた彼らが数千年を超えてなお残っていた保存食をあさり、コンクリートを砕いて槍をつくり、アスファルトの破片を投げて獲物を追い回していました。
ねえ、神々っていうのはあたしたちのことだったのかもね。ほら。あたしたちがつくっていたのは、自然だったのよ。

 2人は笑い、奥まった場所まで行って座れるところを探して、CUTOS-ssのポートを開きました。脳の裏側に指を走らせて古い記憶をなぞって弛緩させ、露出した無意識をやさしくなでながら、重ね合わせた手のひらの甲同士を脳の中で重なり合わせ、互いの肌に触れる自分の肌の感触を相手の脳から覗き込み、意識を解け合わせてひとつになると、sssへのセキュリティを外して、あとは自分たちの脳髄をコキューネーの貪るに任せました。