『傀儡后』

傀儡后 (ハヤカワJA)

隕石の落下によって大きな被害を受けた近未来の大阪。皮膚がゼリー状となる謎の奇病が人々を脅かし、「貼るドラッグ」が蔓延し、少年達は歯に埋め込まれた常用携帯電話「ケーター」によって口を開くことなく会話をするようになった時代。内部と外部の境界である「肌」をテーマとしながら、様々なSFアイデアをつぎ込んで人類の変容を描く連載長編です。

牧野さんの作品を読むのは初。他の人のレビューを見て回った限りだと、あまりはじめての一冊向きの作品ではなかったかもしれません。作品世界の細部が非常に濃密に描写されている一方で、「物語」としてあまりまとまった構成ではありません。本作には核となりうる複数の軸が存在して、章が変わるごとにお話があっち行ったりこっち行ったりするんですけれど、それが最終章に向けて綺麗に収束するということはありません。

たとえば第一章で丹念に描写された「ケーター」による少年達の文化は、その後の章ではほとんど取り沙汰されることがありません。その他にも、長いページを割いて丁寧に描写をした割にはその後放置だったり締めがあっけなかったりと、前後の繋がりのバランスが悪く感じられるところが少なからずありました。

本作は、牧野さんにとってはじめての連載作品ということです。構成がアンバランスになってしまったのは、各期間に決まった量を書くという形式に彼が慣れていなかったというのが関係しているのでしょう。その代わり、各章で展開されるそれぞれのSF的趣向は、それこそほぼ単体でもひとつの作品になってしまいそうな強度で描かれます。全体としてのまとまりはともかく、目の前の文章を読んでいるだけでその世界にぐいぐい引き込まれる作品ではありました。

小林泰三さんに近い作風を持つ人という印象を持っていたんですけど、なるほど納得。五感を総動員した生理的に気味の悪い描写や、どうしようもない特撮ネタ、そして濃ゆい濃ゆいSF世界。小林さんのぐろんちょな世界との親和性はなかなか高そうだと思いました。