魔王メモ:書いた覚えのないメモが大量に発掘されて困っています

 私が扉職人であるという説明は、Webを私の名前で検索すれば容易に調べることができるので、ここでは省きます。よく分からない人は【扉】を【どこでもドア】とでも読み換えてください。

 さて、【扉】は空間の接続の在り方を繋ぎ換えるだけなので、質量保存の法則には抵触しません。何もないところからハトを出すとか、通信教育を受けるだけでみるみる女性にもてるとか、ああいった宇宙の大原則に競合する種の魔法よりも技術的にはよほど現実的なのです。

【扉】技術の難しいところは、原理の実現よりもむしろその制御です。たとえば【扉】で繋がれたこちら側とあちら側の重力差、マズルの疎密差、トポロジーの矛盾、そういったものがどういう影響を及ぼすかを考えなければなりません。また、『ドラえもん』を見て誰もが一度は考える「どこでもドアの発生した場所にたまたま人がいたらどうなるのか」問題についても、セーフティーを設けなければなりません。

 三次元を越えて時間方向、並行世界方向へ移動する場合は、アカシック・レコードとかあの辺の秘められた知識をじっくり参照する必要が生じるでしょう。特に時間方向への移動はタイムパラドックスとの戦いになるので、因果関係の論理線を導出して慎重に検討しなければなりません。

 けれど真に困難なのは、法則体系自体が異なる別世界系への移動を試みるケースです。物理的に様々な障害がありますし、場合によっては脳も身体も機能すらしてくれません。そういったところででまともに活動しようと思えば、自分の身体自体を全く別のものに取り換え、適合させる必要があります。

 そもそも、ものの感覚の仕方がまったく変わるのです。五感というものが限られた生物種にしか共通しないごくごく特殊なものであることを考えれば、異なる法体系の元で感覚される感覚が私たちの想像を絶するものであることは容易に想像できるでしょう。誤って【扉】に落ちた人は、だから【覗き見る狂人】などと呼ばれるのです。

 一度【扉】によって法則を跨いで脳を新しい法則系に慣らしてしまえば、かつて自分のいた法則系については思考するのすら困難になります。過去の記憶を思い出してもそれが何か理解できないというわけで、これは実質的な記憶の損耗状態と言えます。私もまたこの問題に悩まされていて、法則系の移動の際にはメモを持ち歩くことにしています。

 メモ書きは、たとえば次のようなものになります。

 トモロモディクについて語るなら、後ろの正面のなにがしが今日もくたびれた様子で腹の中の銚子を平らげる。健忘は静かに、方言は西へ、すべてさみだれ捕鯨の二番手に収束する。

 このように、改めて言葉に直そうとすると意味不明になることが多いです。翻訳が困難であるという問題もありますし、そもそも伝えたい概念自体が私たちには感覚しようもないものである可能性も非常に高いです。それでも、直接脳から記憶を呼び起こそうとするよりは、こっちの方がまだしも理解しやすいんですけれど。

 記憶を取り戻すための手っ取り早く確実な方法は、【扉】の向こう側に帰ってあちらの法則系の下で改めて自分の記憶を思い出すことです。ただし今の私に関して言えば、法則系移動の際の記憶の複雑化によって扉職人としての技法を満足に扱えず、そもそも故郷に戻ることができないという事態に陥っています。かつての法則系下で書きためたメモは散乱するほど存在しますが、内容として理解できるものは少数です。
  
 このメモを、少しずつ公開していこうと思います。今まで整理もせず放ったらかしにしていたので、翻訳した先から少しずつ載せていくという形になるでしょう。このメモの集積がひとつの神話世界を指し示すとともに、その解読の助けとなる記述の呼び水となれば幸いと思います。

 みたいなメモが大量に出てきたんですけど書いた覚えがありません。なんですかこれ。困ります。