想像的思索を突き詰めたSF作家は仙人と見分けがつかない - シオドア・スタージョン『海を失った男』

海を失った男 (河出文庫)

 人間、徳が極まれば聖人になりますし、精神を磨けば仏になり、自省を突き詰めれば仙人になります。であれば、思索を深めて人智未踏の領域に達した作家はいったい何と呼ばれるのでしょう。

 スタージョンさんは、SF的思索を深めるとこまで深めちゃったせいで悟りの扉でも開いちゃったのではないでしょうか。だから、彼が作中で示す人間習慣の新しい仕組みは、それだけでSFに見えてしまいます。そして、人間存在の在り方にSF的アイデアを与えたお話がまるで寓話のような倫理的問いかけを持ってしまうのも、また道理なのだと思います。

 今回私が一読したところの理解度は、せいぜいが30%くらいです。わりと長い『成熟』『三の法則』『そして私のおそれはつのる』あたりは理解しやすいですけれど、掌編となる『音楽』『ビアンカの手』『海を失った男』などは、正面から受け止めるのに一度失敗するとそのままどこかに流れ去って行ってしまう儚さがあります。ただ、それでも目にしただけで凄いのは分かります。こういう作品を受け止められるようになることが、「本を読めるようになる」ということなのかもしれません。