『ヘドロ宇宙モデル』
宇宙モデル
小説家・泉和良さんという人の、新しい面を前に押し出してきた一冊。彼を「恋愛小説家」という方向性でのみ認識していた人は、本作に少なからず驚くでしょう。天体、SF、宇宙的孤独、シミュレータ、そういった深淵のイメージが、本書の核になっています。
本作を成立させるテーマとして、三つの柱が読み取れます。クリエイターとしての主人公の在り方がひとつ、主人公の他者との関わり方がひとつ、そして「宇宙モデル」を介して語られる擬似宇宙の豊穣なイメージがひとつ。最後に挙げたSF的イメージは、過去作『エレGY』『spica』では片鱗を見せこそすれ、主題とまでははなっていませんでした。それが本作では、遂に他のテーマと拮抗するほどに大きな要素となって現れます。
コンピュータ上で生命をシミュレートして、その繁殖や死滅を眺めるライフゲームというのがありますが、「宇宙モデル」はその宇宙版です。星が生まれ、集まって銀河が生まれ、やがてはブラックホールに呑み込まれるという過程を、一定のメカニズムに従って生成するシミュレータ。その「宇宙モデル」をどう使うというのではなく、それをただ観察することの魅力。そんな静かな悦びが、本作では描かれています。
基本、作中に登場する「宇宙モデル」には演出とか用意されたイベントといったものがあまりなく、「意図された意味」のない世界をただ観察することに楽しさを見いだすものです。だから、わざと派手な「イベント」を発生させるような「制作者の意図的介入」は、興ざめの対象にすらなりえます。「鑑賞」ではなく「観察」に徹するこの感覚は、ピンと来ない人には理解しづらいかもしれません。
本作は、ストーリーの展開自体もそういったシミュレータと似ていて、起承転結などのイベント性がやや希薄です。その類似性は作品の冒頭に言葉で明示されていて、全体としてもとても"とらえどころのない"感じがします。読者を牽引する強い動機や謎があるわけではなく、けれどシミュレータを観察するように自然と物語に没頭してしまう。本作で体験したのは、そういった類の不思議な読書感覚でした。
そのほか
過去作と並べて見ると、「他者」を受け入れる姿勢が強く示された作品であったなと思います。他者は敵、社会は敵という態度だった『spica』なんかと比べてみると、オバさんとか元上司とか、どちらかというとあっち側寄りの人たちを受け入れる描写に筆が割かれていたりします。これをもって安易に「作者の心境の変化だ」とか内面の話に持って行くのはかなり好かないんですが、とりあえず「そう書き分けられている」のは目立って興味を惹かれるところではありました。
あと清水さんがー。立ち位置としてははわりとフィクショナルですけど、「自分と他人のタイミングを計るというのが得意でない」みたいなコミュニケーションスキルの描写がやたら生々しく……。ああいそうだなあ、ていうか他人事じゃないですよねこれ……みたいなことを、出てくる度に思ってました。しかもビジュアルは、道満晴明さんの漫画に出てくる呪田さんで……。