夢の大切さと大人の汚さを同時に教えてくれる本『古代への情熱 -シュリーマン自伝-』

古代への情熱―シュリーマン自伝 (岩波文庫)

 幼少の頃に親しんだホメロスの詩を信じてトロイア遺跡の発掘を夢見、大志を実現するため下働きから大出世して巨万の富を得、遂には"「ホメロスの詩はフィクション」という当時の常識"を覆してトロイア遺跡の発掘に成功した大偉人……ということになっている人の半生の自伝、および後年の伝記。すてき! 感動! 努力は夢を裏切らない! という話ですが、でも実際のところはどうなんというと……。

幼少のころにホメーロスの『イーリアス』に感動したのが、トロイア発掘を志したきっかけであるとされている。自身の著作にそのような記述あることから、長年そう信じられてきたが、近年の研究では功名心の高かったシュリーマン自身の創作であることが判明している。発掘当時は「トロイア戦争ホメロスの作り話」と言われ、トロイアの実在も疑問視されていた、というのもシュリーマンの著作に見られる記述であるが、実際には当時もトロイアの遺跡発掘は行われていた。シュリーマンの「トロイア実在説」は、当時からして決して荒唐無稽なものではなかった。

発掘にあたって、シュリーマンオスマン帝国政府との協定を無視し出土品を国外に持ち出したり私蔵するなどした。発見の重大性に気づいたトルコ政府が発掘の中止を命じたのに対し、イスタンブルに駐在する西欧列強の外交官を動かして再度発掘許可を出させ、トロイアの発掘を続けた。こうした不適切な発掘作業のため遺跡にはかなりの損傷がみられ、現在までドイツやアメリカの考古学者によって再発掘が続けられ、考証が進んでいる。

 ……。あー。たしかに「発掘の下見に行ったら現地の人が涙を流しながら歓迎してくれたでござる」とか、感動的すぎて胡散臭いシーンがそこかしこにありましたけど……。ま、まあ"余人には真似できない大きな仕事"をやり遂げた人であることには変わりないですよね!

 内容のみに限って言えば、夏休みの読書感想文とかで取り上げればいかにも喜ばれそうなよい「偉人伝」です。誰かが何か夢を持とうとする時、そのきっかけとなる一押しをしてくれる本ではあるでしょう。あのトンデモ伝奇作家の高橋克彦さんも、このご本に触発されたという話を度々してますし……。ただ、後で本書のフィクション性を知った時にどう思うかをするのかと考えると、あんまり気安く少年少女に薦めていいものなのかどうかは微妙なところ。うーん……。「よい伝記はよい伝記であり、それがどのくらい事実に即しているかとは関係ない」という姿勢を保持できるなら、本書は確かに有意義な読書体験を与えてくれる本なのかなとは思います。