「小説が上手い」としか言いようがない - 『グインサーガ外伝(6) ヴァラキアの少年』

ヴァラキアの少年―グイン・サーガ外伝(6) (ハヤカワ文庫JA)

 以前「栗本薫さんで最初に読むとしたらどれ?」とid:kaienさんにお聞きした際、『十六歳の肖像』と併せて挙げられた作品。グインサーガの外伝ではあるものの、一作完結で前提知識も必要なく、「栗本薫が最もキレていた期間に書かれた傑作」とのことで、初読みには最適な作品でした。

 栗本薫さんについては、昔からもう何度も凄い凄いと繰り返されてきたので、さぞかし凄いんだろうなあという予断を持って読み始めたのですが、なるほど。そんな予断があってさえ、なお想像を上回ってしまう作品はあるものです。

 本作はとんでもなく優れた作品なのですが、誉めようにも適する表現が出てきません。だって、本作に特別なところは何もない(勿論あるはずなんだけど私ごときでは明文化できない)からです。本作は「ごろつきの少年イシュトヴァーンが、義兄弟を助けるために賭場で大暴れする」だけの、オーソドックスとしか言いようのない直球の筋書きです。ファンタジー世界の緻密な考証に秀でているというわけでもなく、べつだん幻想描写が凄いわけでもない。そうなるともう、ただただ「小説が上手い」としか表現のしようがありません。

 博打打ちのシーンにしても、『カイジ』や『マルドゥック・スクランブル*1のように緊張感溢れる心理的駆け引きや頭脳戦を描く……なんてことはなく、主人公イシュトヴァーンがいきなり何の説明もなく*2ロイヤルストレートフラッシュみたいな役を出して、あっさりゲームに勝ってしまうのです。きっと何かしらの伏線があって、後からどうやって勝ったかの理由付けがされるのだろう……と思って読み進めたのですが、最後まで読んでも何もなし。本当に何もなし。「勝ったから勝った」って感じです。

 つまり、結局栗本さんは、「イシュトヴァーンはおそろしく美しく、頭のよい、悪魔のような少年である」みたいな賛美的な描写をひたすら綴ることで、全ての説明を済ませてしまったのです。そして読者の方も、圧倒的な描写に蹂躙されてちゃんと納得してしまう。とんでもない小説だと思いますよ、これ。たしかに、伏線に裏打ちされた仕掛けや合理的なトリックなどに頼らず、ひたすら描写だけで作品に説得力を与えるやり方は、小説のありかたの最も基本的なもののひとつだとは思います。それにしても、それをここまで徹底した作品は、他に見たことがありません。物凄い作家がいたのですねえ。

*1:引き合いに出しておきながら両方読んでなくてごめんなさい。

*2:それが並外れた強運なのか、仕組みぬいたイカサマなのかの説明すらなく。