小林泰三『惨劇アルバム』

惨劇アルバム (光文社文庫)

 小林泰三さんお得意の、「思考の機序がなんかおかしい人々」を題材としたサイコホラー/ブラックユーモア短編集。良くも悪くもいつも通りの小林さんという感じですが、「清浄な心象」あたりはちょっと時事ネタっぽい趣があって面白かったです。各話で焦点の当たる登場人物はいずれも「辺古那」一家の面々ですが、最後に伏線が回収されて各短編がひとつに繋がる的趣向は特になし。一家全員が狂っているか酷い目に遭っている、という光景はそれだけでも結構不気味ですが。

「序章」「幸福の眺望」「終章」

「幸せになりたければ、幸せな記憶を埋め込めばいいじゃない」といういつも通りの小林さんなお話。小林さんの場合、このくらいのお話は手癖で書けちゃう部類なんだろうなと思います。

「清浄な心象」

 完璧に健康な子供を産むため、副流煙や化学添加物が僅かでも体内に入っただけで堕胎しまくるお母さんの話。極端なブラックユーモア話と笑い飛ばせればいいんですが、こういうゼロリスク信仰ってwebをちょっと探せば正真正銘の実例さんがわんさか出てくるんですよね……。さすがに副流煙一発で堕胎という例は知りませんが、偏った健康食生活で身体を壊して亡くなったり、子供を殺してしまったりというケースは容易に想像できてしまいます。このテーマに関しては現実の方が怖いわ、と思ってしまいました。

「公平な情景」

 小学校の先生が「公平」を無茶苦茶な基準で運用するお話。「俺はお前を2発殴りたい、お前は1発も殴られたくない、なら間をとって俺が1発だけ殴るのが公平だ」みたいなノリ。もうやだこんなクラス。

「正義の場面」

 量刑判断度外視で正義を執行するおじいちゃんのお話。あまりにもそのまんまなオチなので、もうひとひねり欲しかった感はあります。どちらかというと、おじいちゃんの凶行について言及するお巡りさんや家族の会話が呑気で不気味。

「救出の幻影」

「僕は君のことが好きだよ(オオアリクイがアリを好きなのと同じように)」的な、根本的に異なる種族間での感覚の齟齬が描かれていたような気がしますが、ちょっと焦点を掴みかねました。クトゥルーめいたよくわからないお話と理解しておくのがいいのかも。