「百年戦争」なんてなかった - 佐藤賢一『英仏百年戦争』

英仏百年戦争 (集英社新書)

 小説家・佐藤賢一さんの手による英仏百年戦争解説新書。既存の歴史知識を要求してくる内容もほとんどなく、私みたいな素人にも入門書としてさらっと読めます。歴史ものの重厚さなどを省いて簡潔な説明に特化しているので、彼の書いてる小説作品よりもよほど平易ですね。

 英仏百年戦争という名前から来る「イギリスとフランスの間で100年間続いたひとつの戦争」という印象を、まず否定するところから解説が始まります。そもそも当時「イギリス」という国はまだなく、グレートブリテン島はフランスの属領であるイングランド王国が征服を進める辺境領土でしかなかった。国体が未熟なのはフランスも同じで、それぞれに領土を持つ諸侯の大親分がフランス王を名乗っているにすぎない。戦争の起こりも、イングランドがフランスに戦争を仕掛けたと考えるのではなく、あくまでフランス人であるイングランドエドワード三世がフランスの王位継承問題に首を突っ込んでフランス王になろうとしたのだ……という感じで話が進みます。そうして百年にわたって断続的な対立を続ける間に「イングランド」「フランス」という国家認識が生まれ、両国にナショナリズムが芽生えていった、というのがだいたいの筋。

 つまるところ、国家間戦争としての「英仏百年戦争」という物語を否定しつつ、「英仏両サイドにおけるナショナリズムの萌芽」という別の物語を提示しているわけで、事実をかいつまみながらストーリーを浮き彫りにしていく歴史叙述はさすが小説家の書いた文章という感じです。もちろん、これはこれでひとつの「物語」には違いありませんし、中には露骨に「お話」っぽい手つきで人物の心情を代弁しているところ部分もあります。そういうところに注意すれば、いきなり手にとってもすぐ読めるよい初学書なのかなと思います。