高橋克彦『水壁』

水壁 アテルイを継ぐ男 (講談社文庫)

水壁 アテルイを継ぐ男 (講談社文庫)

 久々に読んだ高橋さんの蝦夷もの。朝廷の圧政に苦しむ東北の蝦夷たちが一致団結、同じく中央に反感を抱く義士たちと手を携えて一矢を報い、たとえ最後には敗れようともその屍を蝦夷の未来への礎にしていく……。という、高橋さんの蝦夷もののいつものスタイルを踏襲しています。

 まあ本作で描かれた「俘囚の乱」は史実として「かなりうまくいった」ケースなので、いつものように主人公たちが壮絶に散っていくような光景が描かれることはありません。そこが物足りないといえば物足りませんが、その分すっきりした読み味にもなっていると思います。「蝦夷が対等の人間であることを朝廷に示し、専横の気を挫くための勝ち負けを問わぬ戦い」というテーマ(史観とも言う)は今回も通底しているので、『火怨』『炎立つ』『天を衝く』『風の陣』に連なる蝦夷シリーズとして、これも外せない作品ですね(よく見たらタイトルに火とか風とかあるので、その流れで水壁ってタイトルが出てきたのかもですね……)。

 史観といえば、高橋さんは歴史小説の名手でありつつも結構とがった史観をお持ちの方です。というかぶっちゃけビリーバーというか……。過去のエッセイや対談では、古代の地球に宇宙人が飛来して文明に影響を与えたとか、超科学文明どうしの戦争が後世に伝えられて神話の原型ができたのだとかいった仮説を大真面目に語り続けていらっしいましたし、そういったアイデアSF小説としてエンタメ化したのが『総門谷』『竜の棺』といったSF伝奇シリーズなわけです。

 もちろんジャンルによる切り分けは意識されてて、本作のような歴史小説で荒唐無稽な超常要素が飛び出すことはありません*1。でもよくよく見ると、「中央を追われ東北に住みついた物部氏蝦夷を後援している」とか「津軽には国外貿易で栄えた都市があって京にも負けない隆盛を……」といった、高橋さんが常から唱えている史観を知っていればオッと思うような要素は本作にも散りばめられていました。

 そもそも資料に乏しい蝦夷。中央視点の記録に偏るのは勿論のこと、人数の記録ひとつをとっても報告者の都合に歪められるに違いないということで、記録の空白や恣意性の余地をどんどん補って物語を仕立てていくのが高橋さんのスタイルです。中でもとりわけ資料の少ない「俘囚の乱」をとりあげた本作は、シリーズの中でも高橋さんの作風が一段色濃く出ているのかもしれませんね(今回は主要登場人物の大半がオリジナルっぽかったですし……)。

*1:「時代劇」寄りの伝奇要素のあるシリーズはまた別として……