『ナ・バ・テア』

ナ・バ・テア (中公文庫)
オビにもある通り、このシリーズのテーマのひとつには間違いなく『孤独』という概念があると思います。森さんは他の作品でもことあるごとに『孤独』について語っているので、この概念について確固としたイメージがあることが窺えます。
本書の主人公も『孤独』な人間として描かれていますけれど、読んでいるうちに強い違和感を覚えました。主人公の『孤独』が、あまりにも不完全だったからです。この主人公は、『孤独』と呼ぶにはあまりにも他人に甘えすぎでした。ティーチャや笹倉さんといった身近な人間に対してならともかく、社会の中で偶然すれ違っただけのような相手にまで「自分と同じ思想であること」を求めるのは、明らかな甘えです。
人に干渉されたくはないけれど自分が甘えていることには気付いていない、という主人公の態度がちょっと目立ちすぎて、ときには苛立ちさえ感じました。本当にこれを書いたのはあの森博嗣さんなのかという疑問すら感じたんですけど、中盤あたりでこれはわざとやっているのかな、と思い直して、そこからはとても心地良く読めました。別に森さんは本書で『孤独』の理想形を示しているわけではなくて、不完全な『孤独』を持つひとりの人間を書いているだけ、という風に考えると、この主人公の造型はとてもしっくりきます。
後半の展開を見る限り、おそらくこの想像は当たっていたと思います。森さんはもしかしたらこのお話を「喪失の物語」なんて言うのかもしれませんけれど、むしろ主人公の『孤独』はラストでより完全なものに近づき、同時にそれとは背反しない別の概念を得る結果になったようにも見えました。