『グラスホッパー』 - 伊坂幸太郎は子供を殺す


グラスホッパー (角川文庫)

 変な小説ー。んー、まあ伊坂さんの小説っていつもたいがい変なんですけど、今回あまり余分な要素がなかったのでそういう点が際立ってたかもしれません。伊坂さんは作中で特殊な倫理観を提示することが多いですけど、今回は特に複雑だったと思います。

 たとえば『アヒルと鴨のコインロッカー』の河崎さん、『チルドレン』の陣内さんの倫理観なんかは、極端だけど留保なく肯定できるものとして描かれていました。でも本作では、そこのところが河単純ではありません。この作品に登場する人物はその多くが殺し屋で、あまりいい最後を迎えない人もいます。それなのに、彼らはたいてい伊坂さん特有の気の利いた台詞を飛ばしていて、作中決して否定的に扱われてはいないのです。

 伊坂さんは、「悪人」のレッテルを効果的に運用する作家だと思っていました。でも、この作品に関しては、その分類が相対化されていたように思います。あるいは、そもそも「善/悪」の区別なんて設けられておらず、私たちが常識的に感覚しているその境界を混乱させる力がこの作品にはあるのかもしれません。

 だから、この作品の殺し屋たちは皆ナチュラルです。子供を殺すのが、大人を殺すのとどう違うんだ? そう言って平気で子供を殺す登場人物の問いかけはいたって素直で、正直なのです。

 そういえば『オーデュポンの祈り』で肯定的に描かれていた某氏も女の子を殺していましたし、子供たちへの冷徹な視線自体は多くの作品に通底して見られます。本作で描かれた子供たちはそういった視点の裏返しと見ることも出来ますし、この辺、伊坂さんのテーマの一つのようなものがあるのかもしれません。伊坂さんは、作中で子供を殺せる作家なのです。