『猫のゆりかご』

猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353)

 アイス・ナインですよ! そしてボコノン教ですよ!

 アイス・ナインは名作アンリミテッド・サガの合成術としてお馴染みでしょう。またボコノンの書はアンディー・メンテに頻出するアイテムとしてこれもまたお馴染みでしょう。知らんですか。さいですか。

 ボコノン教という、架空の宗教の登場する作品です。その経典ボコノンの書の冒頭にはかくあります。

わたしがこれから語ろうとするさまざまな真実の事柄は、みんなまっ赤な嘘である

 まずこの辺を見た時点で、ボコノン教がどのような思想を持った宗教であるかが分かるでしょう。そもそも教主のボコノンさん自身、この宗教が自分の創作であることを明言しているわけで、人を幸せに導く宗教はいつもこうあって欲しいものだと思います。

 足の裏を合わせて心を通い合わせるボコマルの儀式、いくつもの宗教用語など、その「創作宗教」という性質がとても刺激的です。ボルヘス的であり、神話的であると言えるでしょう。神話参考文献の一として指定しておきたいところです。

 アイス・ナインも心がわくわくするようなSF的アイデアです。この作品ひとつを生み出すだけに収まらず、後続の多数の作品の中で繰り返し登場しても飽きの来ない汎用性を持った小道具でしょう。アイデアの解説を読んでるだけでも楽しいので、暇な時に調べてみるのもまたよいでしょう。

 とは言っても、アイス・ナインがなければこの作品がSFにならなかったとも思いません。ボコノン教という奇想、この思考実験だけでも、本作をSFとみなすには十分なものであるように思えます。