『デカルトの密室』

デカルトの密室 (新潮文庫)

 これは凄い小説でした。全編が知的刺激に満ちています。ロボットと人工知能と自我についての思索、ただそれだけで一作の「小説」が成り立っていると思います。娯楽性とかストーリーとかがないわけではありませんけど、仮になかったとしてもこの作品は小説であり続けたとすら思います。

 ストーリーも娯楽性もないのなら小説である意味はあるのか、それは科学論文に過ぎないのではないかという反論もあるでしょう。定義論につなげるつもりはないですけれど、でもこの作品の内容を論文でできるかというとそれも無茶ですし、科学雑誌のコラムで代替できるかというとそれも違うと思います。やっぱり、こういうお話を載せることができる、という価値も小説という形媒体にはあるのだと思います。

 理解できたか、というとまあ例によって分かったとは言いがたいです。まず理解できるように書かれているのかとか、そもそも理解できるものなのか、作者はこの論理を完全に理解して制御しながら書いているのかみたいな疑問も色々と浮かびます。少なくとも、この作品を一読して自信を持って「よし理解できた」なんて言える人は早々いないでしょう。それでも作品としてちゃんと受容されてもいる、そういう小説の在り方がまた面白いとも思います。