善と悪の美しさを同じ瞳で見つめる視点 - タニス・リー『闇の公子』

闇の公子 (ハヤカワ文庫FT)

 あずまんが大王大阪さんあたりが谷3とか言い出しそうなーとかどうしようもないことを考えてたら天罰てきめん何もないところでつまづいて転びそうになりました闇の公子の呪いひいい!

 妖艶凄絶な暗黒の悪と美を綴るダークファンタジー小説ーとか説明の言葉を重ねれば重ねるほど本当のそれとは遠のき、表現力の隔絶を思い知らされます。地底の闇を統べる妖魔の王アズュラーン、彼の無慈悲な悪意はたしかに「美しいもの」として描かれています。たとえそれが私たちの良識に反する道理であったとしても、この圧倒的な表現力の前にあっては認めざるを得ないでしょう。

 タニス・リーという作家、この人が描き出すのは、なにも退廃的な美だけではありません。彼女は同じようにして、人の気高き善行を讃えることもできる人です。

作業は巧みに、いたわりを籠めて行われた。みどりごの容態は誰をも嘆じさせ、空しい怒りを覚えさせるほどのものだったが、僧はそのようなことに時間を浪費しはしなかった。容赦のない優しさを備えた人であり、死者と生者といずれのためにも涙を流しはせず、ただ出来る限りの手を尽し、神々もまた尽してくれると信ずる、そういう人であった。

 この描写などを見ると、彼女は決して闇だけに目を向けた人でないことが分かるでしょう。彼女は世の中の善の面を信じているし、それに真っ向から向き合える人だとも思います。にも関わらず彼女は、その光を見ていたのと同じ目で、世界の闇の面を凝視することができます。人の善き行いを褒め讃えるのと同じ筆で、嘲弄にまみれた残酷な悪逆を美しく描き出すことができるのです。

 妖魔アズュラーンは無垢な人間たちを弄び気まぐれな死を賜る悪意の権化ですが、同時にこの世の美しいものと醜いもの全てを欲する限りなき愛を秘めた者でもあるのでしょう。善と悪を美によってイコールで結びつける感覚、それこそタニス・リーという作家の非凡で希有な性質であるように思われます。