勝手な「物語」の押し付け合い - 湊かなえ『告白』
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湊かなえさんのデビュー第一作にして、本屋大賞受賞作。ミステリーとしては、何らかの「謎」を提示してその真相に迫っていくのではなく、何気ない描写の中に伏線を張り巡らせていき、ある時突然新しい構造を立ち上がらせる、というタイプ。手法としては乙一さんとか恩田陸さん、友桐夏さんに近いと言えるかも。
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ただし純粋にミステリー部分だけで本屋大賞を獲得したとは考えがたいので、この評価には本作独特の「空気」が大きく関わっているのでしょう。たしかに読後、いやーな気分になる小説です。登場人物も、悪意を前面に押し出した極端な造型です。でも、だから「とにかく後味が悪いだけの小説だ」みたいに見られてるのはどうなのかなあと。
多人数視点から語られる本作では、「勝手に相手の物語を思い描き、分かったつもりになって悦に浸る」という状態が何度も何度も繰り返されます。彼らのそんな思い込みが暴かれるたび、私たちはとてもいやーな気分に陥るのですが、でもそういう思い込みって、私たちの日常に溢れてるのだと思います。「相手の内面は分かってるつもり」という楽観をこれでもかと痛切に抉り出す、本作はそういう示唆を含んだ一冊でもあると思うのですよね。
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個性的なキャラクター造型を賞賛されるような作家でも、実は「その作家」というひとつの世界認識、世界観がまずあって、その上に個々のキャラクターの「性格」や「目的」を乗せている。という例はけっこう多いと思います。その対比で行くと、湊さんはなかなか凄いことをやってると思います。この人の書くキャラクターってまず持ってる世界観が違いそうだし、「情報」や「利害」をすり合わせたところで分かり合えそうにありませんもん。
Wikipediaの受け売りですが、湊さんは登場人物の履歴書を一人一人作り込むということをやっているらしいです。そういうところもあって、本作では「人が違えば世界の見え方も違う」という原則が徹底しています。キャラクターごとに、文脈や価値観がそれぞれちゃんと異なるんですね。
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勝手に相手に自分の想像する「物語」を押しつけて、相手がその通りに動いてくれなかったら今度は勝手に失望する。そういった身勝手な「物語」の押し付け合いは、何も登場人物の間だけで行われているわけではありません。他ならぬ読者自身もまた、その連なりに荷担しています。だからこそ、装丁していた物語が覆される時、私たちはあんなにも嫌な気分になるのだと思います。
だから本作のいやらしさは、単にいやらしさのためのいやらしさをなりふり構わず追求しているというわけではなく、ある一本の原則に乗った上でのいやらしさを描いているように思うのです……。というような「物語」を一方的に見いだそうとすると、後で手ひどいしっぺ返しを食らう、というのが本書の構造であるわけですわね。