拡張ルール投入!『うみねこのなく頃に散 episode5 End of the golden witch』

 半年に一回のハレの日! うみねこ新シリーズ、「散」の第一弾が遂に公開されました。例によって、具体的なネタばらしにならないよう心がけつつの感想お送りします。とはいえ、雰囲気でどうしてもある程度のところは伝わっちゃうんですが……。

 ひぐらしが完結したのもそんな前じゃない気がするのに、もう……みたいな感慨もあります。でもそれよりも、『うみねこのなく頃に』というシリーズが、遂に残すところ半分以下の分量になってしまった……ということに対して自分の中でどう整理をつければいいのか、それすら冷静にまとめることができません。う、うぎぎ。

 今回は新シリーズの最初ということで、分量・内容ともに抑え目です。あまり派手に泣かせたり燃やしたりという展開にはならなかったので、比較的冷静な読後感ではありました。それでもシリーズ作品のひとつやふたつ読み終わった後くらい渦巻く感情があるのですが、何というかうみねこに求める水準が高すぎるので……。*1

 もちろん、うみねこに対しては、反射的に笑ったり泣いたりすることの先にあるものをも求めています。たとえばテーマ的・ゲームルール的な側面で言うならば、本作はEP3並に興味深いものになっていました。総体としてのシリーズ全体への評価・作者への評価は、EP4の頃以上に高まった……というのが、今の私の感想です。

拡張ルールの投入

 うみねこは推理ゲーム的に解釈できますが、同時にテーブルトーク的な非電源ゲームの側面の比重も大きいです。つまり、そこには言うまでもなく「ルール」があるわけですね。これまでは「推理ゲーム」としての側面が強調されていて、「推理する」というのがまずものの前提としてありましたが、今回はむしろ「テーブルトークゲーム」「非電源ゲーム」としての側面が強く押し出されていた感がありました。

 ゲームの基本的なルールの骨格は、EP2〜EP4で既に説明されています。ひと通りの仕掛けが分かってしまった以上、これ以上のパラダイムシフトを望むのは難しいんじゃないか……と心配はしていたのですが、向こうもやっぱり一筋縄ではなく。今回もなかなか唸るところがあって、そういう面での興奮はある意味「まとめ」的だったEP4以上でした。前四編を基本ルールセットで構築されたスタンダードゲームだとするなら、本作からはじまる「散」編で示されるのは、ルールを応用的に拡張したエクスパンドゲームなのだと思います。

 そうはいっても、所詮は基本ルールの延長じゃないか……と侮ることはできません。たとえばその辺のRPGでも、もしルールを逆転してプレイヤーが敵ボスを操作できるようになったとしたら、普通に主人公を操作していた時とは全く異なるゲーム性が生じるでしょう。*2本作のルール拡張は、揺るがないと思っていた根幹のルールの底骨を一本抜くことによってシステム全体の骨組みを一本ずつ組み替え、プレイヤーをこれまでまた全く違う視点にまで連れて行ってくれる類のものです。いわば、物語でなくゲームシステムに対する「換骨奪胎」です。*3

 そういう中で、「このゲームのこのルールでしかできない」ロジカルバトルが今回しっかり提示されていたので、その点も満足でした。単なる推理ゲームであれば、「真相を解明する」ことだけが目的ですし、そういう戦い方しかできません。でもこのゲームのルールを拡張すれば、ぜんぜん角度の違う目的を追求することもできるし、ぜんぜん異なる戦い方をすることもできるわけです。もはやこれを「推理」と呼ぶ必要は全くないのですが、にも関わらずこれは間違いなく「ロジック」のゲームです。

 ラストのキメに持ってこられたロジックには、正直舌を巻きました。それは多分ミステリー的な意味での「やられた!」の感覚でしたが、過剰にゲームルール的なロジックを突き詰めた本作だからこそできた技だったんだな、とも。本作を何が何でも「ミステリーだ」と主張するつもりは私にはあまりないのですが、「ロジックゲーム」としてのなにがしかの面白さを表現した作品だ、とは確実に言えるところでしょう。*4

テーマ的な話

 EP4で気になった、「私的な幻想に閉じ籠もったままでいいのか」という疑問をちゃんと説明してくれたのが嬉しかったです。誰に迷惑をかけるでもない私的な想像空間を「真相究明」という大義の下の不躾な視線で犯すことに、いったいどれほどの意味があるのかーということで、ひとつの納得が得られました。でもこれはシリーズ全体のテーマだとも思うので、最終的な結論はもっと先に持ち越されそうな話しでもあります。

 ノックスの十戒を大真面目に語ったりするのが、ミステリーというジャンルの現状に即してるとはちょっと思えません。原理的……というよりは「嫌なミステリマニアのステロタイプ」を体現・揶揄するようなパロディ描写も、ちょっと何に対する批判なのか分からないところはありました。ミステリーに対する広義の批評的作品として本作を見た場合は、ブログ記事のレベル以上の卓越したものを見いだすのは難しいかもしれません。

 ただ、ノックスの十戒周りへの言及は、作品の世界観・テーマを構築する一環としてしっかり機能していたとも思います。そういう意味で、作品単体としてその辺の描写を見たならば、これもちゃんと必要な理路として回収はされていたな、と。既存のミステリージャンルに対する「敬意」が竜騎士さんの側から初めて明確に示されたお話でもあったと思いますし、最終的な納得度はむしろ高まりはしました。変に「もの申す」みたいな言及の仕方にならなければ、別に瑕疵にもならないのにと、ちょっと惜しく感じますけど……。

 そして、それらの話が「愛がなければ視えない」という作品テーマに繋がるに至って、遂に本作が「ミステリーである理由」が明確に示されたんだなあと、これについては深い納得が得られました。EP3のあたりからそのあたりを漠然と解釈し始めていて、そうだったらいいなーとは思っていたので、作品の側からそれを語ってくれたのは嬉しかったです。作家と読者の信頼の問題、言い換えれば愛の問題。竜騎士さんにそういう視点があると分かった以上、私の方でも彼にある種の信頼を抱けるようになりました。これまで「期待」だったのが「信頼」に変わったわけで、これは結構大きなことです。

ミステリー部分

 ひぐらしの「解」編に当たる段階であることを考えると、真相の開示は意外なほど少なかったなあと。「全ての真相を明かします」と豪語していたひぐらしに対し、「真相とは何か?」というかなり掘り下げた視点の在り方の違いが本作にはあるので、そのあたりの差が現れているのかもしれません。「あと三話で大丈夫か?」と思ったりもしますが……まあ、インタビューとかを見てると、竜騎士さんもあまりぎりぎりまで引っ張るつもりではないようですね。

 今回発生した事件はシリーズ中でいちばん地味なものでしたが、それを巡るロジックの展開はシリーズ中でいちばん興味深くて、最も掘り下げられたものだったと思います。このあたりも、「ロジックゲーム」としての本作が熟成し、さらに色んな遊び方を展開してきた証拠でもあるのでしょう。よくまあ、あれだけ「地味な出来事」をネタにして、ここまでの話に膨らませられるものだなあと感心しました。

 竜騎士さん的には古くから温めていたであろう「ノックスの十戒」ネタが遂に堂々と登場して、その歴史上の意義はさておき、ひとつの作品のテーマとしては非常に効果的にシステムに取り込めていたと思います。具体的なトリックの話なんかはほとんどないのですが、理念的なところでこれまでの期待を上回る「下地」を用意していた作品だったんだな、という見直しはできました。

 トンデモだ流水だとかさんざん言われてきた本シリーズですが、はじめて正しい意味での「バカミス」をやったのは実はこの編だなあとも思いました。ステロタイプミステリーのちょっとしたパロディ展開が、今回は豊富でした。根本的なところでの目新しさはないものの、本作のルールに則った上でミステリーのパロディをやったらこうなるのかー、というのはなかなか楽しく、素で笑えるところでもありました。*5変に敵愾心を強調しなければ、なかなか楽しいものが書けるんだなという感想です。

お話とか演出まわり

 ロジカルな推理合戦をバトル的な演出に乗せて魅せる、という手法も板に付いてきたと思います。基本は『遊戯王』のカードバトルみたくゲーム展開を視覚化していく演出の延長なのですが、それを多層化された世界に完璧に取り込んで描写していくので、恐ろしく違和感がありません。ただ、ちょっとそろそろエフェクト過剰になりつつあって、ロジックをすぱすぱ先に進めた方がスピーディーに盛り上がりそうなところでエフェクト待ちが生じる、みたいな場面もちらほら。「簡素でスピーディーなゲーム進行は凝った演出に勝る」ということを考えたりもしました。

 序盤のストーリーテリングは牽引力抜群でしたし、構造の転換は今回も見事に決まっていたと思います。だからこのレベルで「弱い」と評価するのは、はっきり言って求める水準が高すぎるとは思うんですけど、それでもあえて言えば、全体的にカタルシスよりも抑圧が多めの展開ではありました。新シリーズの初回ということで、ある程度意図的なものなのだとは思います。

 冬コミは結構近いので、タイミング的にはほどよいのかなとは思いますが、その分制作期間も短いんですよねえ……。これから一編あたりに費やす労力もどんどん増えてくると思うんですけど、竜騎士さんがどう見ても過密スケジュールなのが心配です。半年くらい余分に待つことになってもいいから、せめて最後の最後の完結編くらいは、余裕を持って十分に作り込まれたものを受け取りたいなあ……と心の底から思うのでした。

*1:あれで抑えたとか言うのかよ! と突っ込まれそうですが……まあシリーズ内の比較の話で。

*2:プレイヤーとCPUの対称性とか。

*3:つまりよくある、単に「技の種類が増えて攻撃力が上がるだけ」のようなルール拡張とは一線を画すわけです。

*4:だからこそ、論理の曖昧性や粗、誤謬が、大きな瑕疵になってしまうのですが……。

*5:プレイ済みの人にしか分からない言い方をすると、「壁に耳をつけて……」のあたりですね。