『悲しみよこんにちは』

悲しみよ こんにちは (新潮文庫)

 なんの前情報もなく、本屋さんで手にとって一ページほど読んでみたら思いがけず文体が自分的に新感覚だったという流れで読んでみた作品。んん、興味深い作品でした。

 人生における恋愛の在り方を大きなテーマとして扱った少女小説ではありますけれど、本作を単純に恋愛小説と読んでいいかどうかは迷うところです。だって本作、「主人公と恋人の恋愛」に主軸が据えられているわけでは決してないんですもの。たしかにそういう場面も描かれてはいますけど、それが語られるのはお話の端の方。物語の筋となるのは主人公でなく"主人公の父の"恋愛模様であり、主に焦点を当てて描かれているのは"思慮深い立派な人"として描かれる年上女性アンヌに対する主人公の価値観の葛藤です。

 出来事だけを見たら、この作品は確かに1クールで終わる*1センセーショナルで悲劇的なメロドラマの文脈で語ることはできると思います。ただ、その出来事を自分の口から淡々と語っていく主人公の少女の思考が、私には少々特異なものに感じられました。

 彼女は確かに考え足らずで行動するし、本人自身が思っているほど利発というわけでもないように思えます。ただ、彼女が最後までアンヌさんに反発しつつも、その反発を自分や父個人の問題としてのみ考え、一般化することが遂になかったのが印象深かったのです。

 主人公は、「自分や父はアンヌに束縛されず放蕩に生きねばならない」と考えます。でもこれはあくまで「自分や父」に対する考えであって、アンヌさんの生き方に対しては一切何も言っていません。こういうところで主人公の思考は驚くほど冷徹に切り分けられていて、"他人の生き方に口を出さない個人主義"が徹底的に貫かれていたように思えます。自分と他者を根本的に切り分けるこういった思考を本能的に働かせられているという点で、本作の主人公には「凄い」という感想すら抱きました。

*1:尺的には、どちらかというと深夜の2時間ムービーな感じですけれど。