うみねこは巧いか下手か/竜騎士07は天才ではない

 軽く。*1

うみねこは巧いか下手か

 この記事で海燕さんが使っている「下手」という言葉は、細部を削って大筋を捉えれば「過去に蓄積されてきた既存の手法に従っていない」ことを指すのだと思います。脚本術のメソッドとか文章体裁とかそういうの。逆にそういうノウハウをぴったり綺麗に踏襲することを指して「巧い」と呼んでいる、ニュアンスとしてはそのように受けとめました。

 一方、竜騎士さんが全てにおいて下手くそで、ただ勢いと感性*2だけで作品の魅力を打ち立てているのかというと、実はまったくそんなことはないわけです。このへん、うみねこをちゃんとやってる方には同意してもらえると思うんですが、たとえばプレイヤーの心理掌握術と効果的な演出、物語構造の度重なる転換、ゲーム内ゲームにおける駆け引きのロジック、全8話構成からなる大長編を計画的に俯瞰するロングレンジの物語制御、等。かなり酷い類の信者的贔屓目盲目脳内美化はあるにしても、これらの面を指して技巧的でない、とは私にはちょっと言えません。

では何が巧いか

 ともかくつまり、巧さと下手さがありえない混合率で同居しているのが、竜騎士07という人なのだと思います。なんでそんなことになったのかよく分かんないのですが、たとえば物語を書きはじめる時、普通の人は文章作法とか基本的な起承転結とか、小説入門書に書いてあるようなことから覚えはじめます。そういったものは、とりあえず言われた通りに真似さえすれば、最小限の体裁が整って見える「お約束」です。「みだりに擬音を使ってはなりません」とか「三点リーダは2つセットで使いましょう」とか。そういう「きまりごと」を順番に押さえていけば、それだけで凄い作品が書けるようになるかはともかく、一見しただけで下手と断定されるような事態にはならなくなるでしょう。

 ただおそらく、竜騎士さんはそうではなかった。それがどういうルートだったのかは知りませんが、竜騎士は「小説入門」的な過程をすっ飛ばして、いきなり別の何かを学んでいったのだと思います。リンク元の記事では原人ピクルの例が挙がっていて、確かに竜騎士さんは現代人のテクノロジー? と異質な力を操っている*3のかもしれません。でもそれは、彼が単に無為無策に圧倒的な腕力を振るっているというわけではなく、現代人と異なる彼独自の文脈、固有の確固とした論理に基づいて行動している、ということなのだと思います。現代の西洋的なスポーツ科学に対する古武術の方法論*4とか、写実画に対する抽象画とか。

 竜騎士さんの傾向的な話をすれば、限定的な範囲内で精緻微細な隙のないロジックを作るのは、ちょっと苦手*5なのかなと思います。一方、有機的なロジックを構造レベルで組み上げることにかけて、彼ほど巧みな人もそうそういないだろうとも思います。そもそも竜騎士さんって、いわゆる「天才」的な感性を持つ類の作家ではない印象があるのです。感性として普通。ものすごく普通。そんな普通の人が、天才がざらにいるようなこの業界で頭角を現すには、奇形的ではあってもとにかく圧倒的な独自の「巧さ」を構築していくしかなかったのではと思います。ひぐらしうみねこ間で異常な進歩っぷりを見せていることからも、彼が"はじめから最強の天才タイプ"ではなく"努力して強くなる成長タイプ"であることが窺えます。

凡人としての竜騎士07

 竜騎士さんは「天才」ではない、という話についてもう少し。記事末尾の注釈でも書きましたが、彼って、どちらかというと「凡人」に属する感性の持ち主だと思うんです。生まれつき神から与えられた「天才」の刹那的煌めき、竜騎士さんからそういう雰囲気を感じたことって、実はあまりありません。地に足が着いている、地に足が着きすぎているという「普通さ」こそが、彼の特徴だとすら思っています。だからこそ、「なんでこんなに普通の人が、こんなに異質で強烈な作品を作れるの?」と驚いたりもするのです。

 凡人であるはずの竜騎士さんが、並みいる天才たちの中に混じってなおも異質な輝きを放っている。その姿は、生身の人間でありながら超人ヒーローたちの闘いに飛び込んで雄叫びを上げる戦士ジェロニモキン肉マン*6をも彷彿とさせます。

 普通の人が普通の人並みに無難な良作を書くための「既存のノウハウ」を学ぶのではなく、いきなり原生の獣ヶ原に己の身ひとつで飛び込んだからこそ、竜騎士さんは天才の唯一性にも劣らぬ"独自の"文脈、視点、方法論を組み上げることができたんではないかなと思います。それを確立するに至るほどの胆力を持っていたという意味で、ピクル並みの"圧倒的なパワー"はあったのかなと思いますが……。(結局ひどいシメ)

*1:ってわざわざ最初に書き置いたのに、あんま短くなりませんでした。

*2:感性に関しては、男の子の暗黒マインドをくすぐる衒学感たっぷりの奈須きのこさんなんかと違って、竜騎士07さんはかなり"そのまんま"です。中二病に対する小五病というか、作家という自己顕示欲の強い種類の人間の中では、非常に平凡な部類の感性の持ち主だと思います。

*3:それにしても酷い例……。

*4:身体が硬くなるから筋肉をつけすぎるなとか言う。

*5:一作につき実動数ヶ月という、短期製作であることも影響してるのかもしれませんが。

*6:これが言いたかっただけちゃうんかと。