『老人と海』

老人と海 (新潮文庫)

 人間賛歌。であると同時に、人間の尊い努力の跡は、ほとんど誰にも気づかれることなく過ぎ去ってしまうという話でもあるのだと思います。ただし、数は少ないながら彼の戦いを知る人も確かにいて、そういう人の心の中にはしっかりと残されるものがあるのでしょう。このあたりの光景が語られるラストの2ページほどが、とても好きです。

「没落した男が努力して再び成功を掴むが、持ち帰る前にそれを失う」という筋書きは実にシンプルで、大塚英志さんの物語論とかがいかにも好みそうな構図です。でも、単に物語構造だけを抽出してもつまらない評論にしかならない、という典型的な作品であるようにも思えます。構造だけでは捉えきることのできない"ことば"の力、そういうものをたしかに持った作品でした。