『冷たい校舎の時は止まる』

冷たい校舎の時は止まる(下) (講談社文庫)
冷たい校舎の時は止まる(上) (講談社文庫)

 メフィスト賞受賞作。超常現象閉鎖空間に隔離された高校生たち、七人のはずなのに八人いる! この前クラスメイトの誰かが自殺してたはずだけど記憶いじられて思い出せない! 自殺したのは誰だ! お前か! みたいな話。いえ実際はそんな攻撃的な内容では全くなく、むしろこんな極限状況でも疑心暗鬼に陥らない子供たちの冷静さ、感じの良さが印象的でした。タイトルや表紙のイメージ通り、雪の降り積もる夜の校舎のように静かで内省的な作品です。

 状況設定こそ超常的ですが、心情的には非常に地に足のついた感がある作品。人物描写がたいへん堅実で、記号的な突飛さに頼らず、一人一人をじっくり掘り下げながら描写していく作風。メイン八人の誰一人として捨てキャラではなく、各人のエピソードがそれぞれ単体でひとつの短編になってしまいそうな強度です。特に下巻にある「HERO」の章は、本当にこの部分だけを切り出してどこかの文芸誌に載せてしまっても通じる作品かと思います。

 逆を言うと、各人のエピソードがそれ自体で完結しきっているため、作品全体として見た時に「それがここにある」ことの必然性は微妙。交換可能というか、「このエピソードを別の何かのエピソードに入れ替えても、作品全体としては成立するよね」と思えたところではあります。『冷たい校舎の時は止まる』という大きな作品の枠の中に、短編として各キャラクターのエピソードが入っている、という感じ。ちょっと特殊な形式の連作短編、くらいの気持ちで見ておくと、途中でだれることなく読み進められるかもしれません。

 オチのトリックは、超常世界の法則を上手く使っていて好みです。でもこの手の作品でありがちなように「どれが確固としたシステムなのか」が分かんないので、驚きや納得感をうまく演出できていなかったようにも思います。一応この世界の法則については作中でも言及があるのですが、それはあくまで"不条理な世界に合理的な説明をつけるための推測"として語られていたので、「それは事実と捉えてよかったのか」感がないでもありませんでした。ジャンル的に「超常現象を扱うミステリーを書く時のノウハウ」みたいなものが、もっと確立されてもいいのになあとも思います。*1

 辻村さんの作品には、上下分冊などの長いものが多い印象*2があって、読み始めるのには抵抗がありました。でも一度手に取ってみると、あまり長さを感じずするする読み進めることができます。ストーリーテラーとしての牽引力があるわけではなく、むしろ上述したように短編エピソードぶつ切りという感じなので、全体としての展開の起伏は一本調子です。ただ、とにかく人物描写が上手い、興味深いので、変に仕掛けて引っ張らなくても無理なく読める作風なんだろうと思います。

*1:あんまりやると、二十則みたいに型にはまってまた面白くなくなるのですが。

*2:デビュー作である本作も、ノベルス版は上中下三分冊。