作中善の話とか - 相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』

午前零時のサンドリヨン

 ぶ、ブギーポップ世代……。

 鮎川哲也賞受賞作。わりとストレートなライトノベル文脈の上で描かれた、「手品」をテーマとする日常ミステリ。北村薫さんに米澤穂信さんにしろ、日常系ミステリって殺人事件がおこらない分もっと現実的な意味で重いテーマが取り沙汰されたりするのですが、そういう意味だと本作はかなり"白"い部類に入るのかな、と思います。

 「手品のタネは作中で暴かない」という一貫した方針が格好良いです。ミステリなのにタネを明かさないのはどうか、との批判があるみたいですが、それよりも「日常の謎」と「マジック」のネタがどうリンクしているのか?*1 というところを判断が読者しにくいので、小説表現として難しいところを選んじゃったな、という感はありました。

選評

 順番が前後しますが、先に巻末の審査員選評について。島田荘司さんは本作に対し「愛らしい」と肯定的な評価。一方、笠井潔さんは手厳しく、米澤穂信さんのような苦みがない、この時代を生きることへの作者の態度に疑問がある、との批判を述べています。お二人は内容として同じことを言っているわけで、ただそれを是とするか非とするかだけが違っているように見えます。

 笠井さんの言い分だと、少なくとも本作品は「この時代を生きること」に対して適切な態度を取るべきだった、と読めます。ですが、一方で「愛らしい」点を長所として評価されている作品に対し、「苦み」の有無を評価基準とする理路はよくわかりません。八百屋に肉を求めているというか……。笠井さんの嗜好傾向としてそういうものを重視するのは分かりますが、それがないことを則ち欠点とする評価基準はどうなんだろう、という疑問。(鮎川哲也賞としてそういう基準がある、ということならまた分かるのですが)

 個人レベルの感想としては、本作には真に迫った問題意識がない、という読み方にも抵抗があります。たしかに、この作品の上で提示される問題は綺麗な解決を見ますし、そこには予定調和的な楽観があるかもしれません。ただ、だから本作に込められた感情は様式だけのカジュアルな素材に過ぎないのか? というと、どうもそうは思えなかったのです。ただし、このあたりの感情はかなり奥まったところに秘められていて、一読しただけでは万人が掬い取れるものでない感はありました。それを前景化させることができるかどうかで、今後の作品の出来が大きく変わってくるのかな? というのが今のところの感触です。

テーマ表現など

 文章は文句なしに綺麗で、巧いです。ただそれとは別に、メッセージの伝え方というところで、ちょっとこなれていないかな? という印象は受けました。作者と同じくらい高い位置から降りてくる「作中善」が最初にあり、それを肯定する文脈に沿って登場人物が動いている印象が強かったなと。

 ストーリーは作者のコントロール下にありますから、作者の意見を補強する方向にお話が進んでいくのは当然のことです。ただ、それをあまりあからさまにやってしまうと、作者による恣意性、「物語補正」とでも言うべきものが目立ってきてしまいます。そういった説教ぽさを払拭するためには対立意見を並べた上で反駁するとか、あるいは悪し様に言えば、さも登場人物が自らの意志でその解答を選び取ったように見せかける、みたいな配慮が必要になってきます。

 本作の特に前半は、そういった「物語補正」の力が強く作用している印象がありました。だから、最後までそんな調子で進むと辛いな、と思いながら読んではいたのですが、最終的にそうはならず。物語の教訓として「作中善」と思われていた予定調和的な流れは、ある時ボキリとへし折られます。そこで挫折があり、自己批判があった上で、最終的な結論に辿り着くという流れがあったため、本作の終盤は答を模索するための順当な成長物語に移行していたのかなと思います。

 その他細かいレベルでも、登場人物がテーマをストレートに台詞で語っちゃうようなシーンは全編通して見受けられます。本作のヒロインは非常に魅力的だと思うのですが、この説教がヒロインを主体として行われるため、ちょっと乗り切れないところもあり*2。でもそういう要素こそが選評で求められていたような「伸び白」だと思います。「綺麗にまとまり過ぎている」という選評に反し、次作以降の成長が気になる、という感想を持てた作家さんでした。

*1:またはしていないのか。

*2:むしろ、説教が上手く行かずに動揺した際の"揺らぎ"にこそ彼女の人格的魅力があるように思えて、この当たりの描写は素直にいいなと思えました。