思いついたからって本当にやる奴があるか! - 倉阪鬼一郎『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』

三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人 (講談社ノベルス)

「普通こんなこと思いつかない!」という観点で読者を驚かせてくれる作品は多々ありますが、「思いついたからって本当にやる奴があるか!」*1と呆れ返らせる作品は意外と少ない気がします。本作はそんな「思いついたからやっちゃった」の極北で、閃きが生み出すアイデアというよりはむしろ職人気質の頑固な一途さ生み出した工芸品として、バカミス史に名を残す作品になったのだと思います。2010年度バカミスアワード受賞おめでとうございます。

 それにしても、この作品を実際にものにした倉阪さんの苦労がしのばれます。どんなに、苦しかったことか、手間がかかったことか、そしてめんどくさかったことか! と、賞賛するにしてもこんなろくでもない言葉ばかりが口をついてしまうような仕事をあえてやった倉阪さんはもっともっと労われるべきです。「作者と作品は分離して評価すべき」という判で押したような決まり文句がありますが、そういう画一的な訓辞はこの作品の前で意味をなさなくなるでしょう。このように本作には読者の作品受容姿勢にも一抹のさざ波を吹き立たせるものがあるようなあるような……くらいの褒め方をしてもいいんじゃないでしょうか。こんなに頑張ったんだから。こんなに頑張ったんだから。

 それにしても、たとえばもし清涼院流水さんが同じ試みをしていたら、なんと言われていたでしょうか。流水さんの場合は根が変態なので、立ちはだかる幾多の苦行も意に介さず、むしろ嬉々として取り組んでいたでしょう。「こんな邪道は変態の流水にでも任せときゃよかったんだよ!」というもっともな声も聞こえてきます。そう考えると、決して変態ではない生身の人間であるにも関わらず、あえて単身獣道に突っこんだ倉阪さんの度胸は本当に本当に……本当になんなのやら、もう言ってる私にもわけが分からなくなりました!

*1:この台詞はのび太のボイスでお楽しみください。