星を射る地上の瞳 - 友桐夏『星を撃ち落とす』

星を撃ち落とす (ミステリ・フロンティア)

『楽園ヴァイオリン』からはや五年、待った甲斐がありました。レーベルの移動や五年という時間が友桐さんの作風を大きく変えたのではという心配もあったのですが、どうやら杞憂だったようです。『星を撃ち落とす』は、どう見ても友桐さんの小説です。腹に一物持った女の子たちが頭よさげな会話を交わし、ピリピリした関係性を刻一刻と変化させていく。叙事的な事実関係のみならず叙情的描写にまで仕掛けがあり、記述の裏に潜む感情の微妙なニュアンスが連続的に移ろい変わる。読み進めながら、ああ、友桐さんの小説ってこんなだったなあ*1、と思い出せていくのがなんとも心地よかったです。

 もちろん同じ作家がただ同じものを書き続けるわけもなく、友桐さんこういうの書くんだ、と意外に思えたところもちらほら。たとえば今回、友桐さんの小説につきもの? だった「頭いい女の子同士の自意識バトル」があんまりありません。いえ、頭よくて我の強い女の子はいつも通り出てくるんですけど、彼女らは「自分の楽しみ」「自分の生き方」みたいなものをシンプルに、懸命に追求しているだけです。言葉と関係性のパワーゲームで空中合戦の火花が散る! 的な趣は序盤に名残があるくらいで、はっきりとなりを潜めたように思います。

「あの剣呑さこそが友桐夏なんだ」「胃の痛くなるようなピリピリした雰囲気を味わいたいんだ」というファン心理もあるでしょうが、安眠練炭さんの友桐夏、7年間の軌跡なんかを見ると、別に昔から自意識バトルな黒いお話ばかり書いてたわけではないようにも思えます。そもそもコバルト時代の作品からして、登場人物こそ自意識を剥き出しにして目をぎらぎらさせていましたが、作者自身は一歩引いて、わりとフラットにものを書いていたような印象があります(だから友桐さんの作品は、意外と読後感が悪くありません)。まあ少なくとも、カドが取れて読みやすくなり、登場人物の動機心情もクリアに見えるようになったと言えるでしょう。

 あー、あとタイトル、すごくいいですね。その言葉に秘められた意味が分かったときは、大げさでなくぞくりとしました。私にとって今回いちばんの驚きだったのは、いままで「強い女の子」ばかり書いてきた友桐さんが、間接的とはいえ「弱い女の子」の内面にコミットする作品を書いたというところでした(それでも、「弱い女の子」の内面を直接書くのではなく、あくまで「強い女の子」に類推させる、という書き方を選ぶのが、やはり友桐さんという気もします)。友桐夏、7年間の軌跡にある選評の言葉を借りると、私は「感心」を求めて友桐さんの小説を読んでいたはずなのですが、今回は不意打ちのように「感動」を浴びせられたのだと思います。ただ、これも「友桐夏の作風が変化した」というよりは、「友桐夏はこういうのも書けた」ことに私が今さら気付けただけなのかもしれませんね。


 最後に、ちょっと話は変わって、何度もリンクしますがもっかい安眠練炭さんのところ。

 ひとつの謎を追いかける一章と三章の間に、全く無関係な別の謎を追う二章が挟まっている、という本作の構成について。これはTwitterにもちらっと書いた*2んですけれど、『星を撃ち落とす』のサンド構成って「故郷で問題を解決できずに挫折した主人公が、世の中を旅をして回って成長し、最後に故郷に戻ってきて最初の問題を解決する」流れですよね。二章で舞台を移して見識を改めたからこそ、三章の問題解決に繋がるわけですし、謎そのものも(無関係な事件とはいえ)相互に示唆し合う関係になっています。お話としては(珍しくはあるけど)けっこう合理的な作りなのかなー、と思った次第。こういう構成が友桐さん「らしさ」な気もするので、余裕があったら過去作品についてもちょっと見直してみたいですね。

*1:終盤で物語の行き先がちょっと錯綜するようなところあったのですが、今回ばかりはそういう癖まで含めて「懐かしさ」として楽しめました。

*2:https://twitter.com/valerico/status/219424159212646400