鳥羽亮『柳生三代の鬼謀』柳生一族入門にうってつけの短編連作

柳生三代の鬼謀 (徳間時代小説文庫)

柳生三代の鬼謀 (徳間時代小説文庫)


 求道の果てに闇へと堕ちた剣聖石舟斎、徳川三代を影から操り神算鬼謀の限りを尽くす柳生但馬守宗矩、地獄から蘇った隻眼の魔人柳生十兵衛三厳……という話では全然ないです。伝奇っぽいタイトルのイメージに反して、びっくりするくらい善良な白柳生です。

 というか、有名な柳生エピソードをかいつまんだ短編小咄集という趣きの一冊で、与太要素はほとんどないんですね。素朴な筆致で年代記的に淡々と話が進むので、一冊の本としての起伏には欠けるものの、石舟斎、宗矩、十兵衛を中心に柳生新陰流の主要な逸話をオーソドックスな解釈で拾っていて、奇を衒わない正統派の剣豪小説に仕上がっています。気負わず読める柳生入門書として、けっこうお薦め。

「鬼謀」というタイトルはさすがにミスマッチで、「新陰流を天下に広めたい」という思いを胸にして一途に頑張る柳生三代の姿が描かれます。ややもすると陰謀家や黒幕として描かれがちな宗矩*1も、ここでは裏表のない実直な人物として描かれていて、陰謀的な要素は皆無。そもそも、史実と異なる逸話を拾いこそすれ、作者自身の独自解釈らしき要素が自体ほとんど見当たりません。

 登場人物の内面にあまりくどくど入り込まないため、あっさりしすぎている感もありますが、これまで様々に解釈されてキメラみたいな有様に描かれてきた柳生一族ですから、改めて見つめ直すならこのくらいの距離感がかえって良いのかもしれません。巷間の標準的な柳生イメージを、熟練の剣豪作家の手でストレートに小説化した、というころに意味がある一冊なのだと思います。

*1:そう……?(読書遍歴が悪い)