木多康昭『喧嘩稼業(1)〜(3)』 死なないでくれ石橋

喧嘩稼業(1) (ヤングマガジンコミックス)
 じゅ、10年ぶりに木多康昭に手を出してしまった……。

 前々からTLの悪い人たち(エクスカリバーの顔をしたミステリ作家や犬の紳士*1など)の推しの高まりは感じていたものの、「これ以上木多康昭に毒されるのは嫌だ……」とか言って抵抗していたのですが、お餅氏の鶴の一声で遂に購入の流れ。前シリーズ『喧嘩商売』のはまだ読めてないんですが、とりあえず『稼業』の方から方から。読み始めました。『商売』は本格的な格闘漫画になるまで少し時間がかかるので『稼業』から入るのもよい、というアドバイスに従ったかたちです。

「ただでさえ喧嘩が強くて頭もキレる上に金的や反則金的下剤等どんな卑怯な手を使ってでも敵に勝とうとする幕張の塩田みたいな主人公(最悪)」という前知識はあったので、前作未読という意味では特に問題なく読めました。主人公がのっけから本当に躊躇なく弱パンチみたいなノリで金的・目潰し・後遺症の残る傷害などを繰り出すのは刺激が強くて「もう少し手心を……」とか思いましたが……。

 割合としては完全に格闘漫画で、ところどころに『幕張』的なギャグが挟まってくる程度なのですが、テンポとか雰囲気はびっくりするくらい『幕張』の頃のものを残していて、こんなに独特な空気感のある作家だったんだなと今更ながらに思い知らされました。『泣くようぐいす』の頃から「ストーリー漫画がやりたいんだな」というのはよく伝わってきていたので、木多先生がこうやって大手を振ってストーリーものを描けるようになって良かったという気持ちはあります。

 それはそうとして、主人公十兵衛の性格が本当に最悪な上にハイスペックで、「十兵衛の喧嘩のフィールドがインターネットじゃなくて格闘技で本当に良かった……こいつがインターネットで暴れていたら様々なものを巻き込んで大惨事が生まれていた……」って思いましたよね。ブロガー喧嘩商売(最悪)。

*1:「石橋強好きそう」って言われて「なんでやねん!」「石橋強固すぎる! 早く死んでくれ石橋強!」とか言いながら読んでたんですが、闘いが終わってみると「石橋死なないでくれ……」としか言わなくなっていたのでメチャクチャ面白いという話を下僕としましたね。

北方謙三『岳飛伝(二)』

岳飛伝 2 飛流の章 (集英社文庫)
 ようやく聚義庁に集合し、揚令亡き後の梁山泊について語り合う面々。そのメンバーに初代水滸伝の一〇八星がもう数人しか残っていないことに気付き、彼らのほとんどが死んでしまったのだと改めて思い知らされました。物語当初から作中でも数十年が経過していますけど、現実の時間も十年近く経ってるんですね……。

 血気盛んな若者だった史進は最古参の老兵となり、陰のある美青年といった造形だった燕青も今や仙人のような存在。最初は武人の心の分からない頭でっかちとして描かれていた呉先生も、初代梁山泊の陥落と共に顔を毀され、方臘の乱を生き延びて……と、文人としては相当に凄絶な人生を歩んできたせいで、もはや文武を超越した存在感を放つ妖怪のような長老となりました。呉用は有能ではあってもどこか凡庸な人間性を残した人として描かれてきたと思うので、その彼がある意味では凡庸なところを残したままここまで凄みのある存在になったのは、なんとも感慨深いものがあります。

 ここから先、梁山泊はいつその存在が消滅するか分からないし、枠組みそのものも変容して、頭領を頂点とする命令系統だったものから、各々の意思で動く同志たちの活動を支援するための兵站や資金といったものに変わってくるのかもしれません。どこで聞いた話かは忘れましたが、国の在り方を描く揚令伝に対して、この岳飛伝はたしかに生き残った人や死んだ人に決着をつけていく話になっていくようですね。

白石晃士『カルト』『オカルト』

 遂に白石ホラーをキメてしまった……。私の観測方面のTwitterで大人気だったので前々から気になってた『カルト』を観てみたらメチャクチャ面白かったので、続けて同監督の作品『オカルト』を観たらまたまたメチャクチャ面白かった、という塩梅です。こういう、バカホラー映画って言うんですかね、ちょっとジャンルそのものを認識していなかったのですが、いざ触れてみるとすっごい肌に合いました。ただそもそもホラーが苦手なのと映像酔いに弱いのとで、けっこうな苦しみながらの視聴でもありましたが……怖さと酔いを押してでも、白石監督の作品をもっと観ていきたいとう気持ちです。

『カルト』

カルト [DVD]

カルト [DVD]

 芸能人を実名役で出演させつつ怪奇現象を実録で追いかけていくモキュメンタリーなんですが、あまりにも嘘くさい霊能者、本当にこんな映像撮れてたら大騒ぎだしそもそも安CGなので明らかに嘘っぽい心霊映像など、大嘘を大真面目な記録映像として残していくノリをゲラゲラ笑いながら観てました。完全に与太なんですが、フィクション的なスマートさやリアリティから外れた「うさんくささ」ががあるからこそ、逆に「現実だといかにもこんな感じになりそう」とも思える霊能力者や不合理な心霊現象がなかなか面白かったです。そうやって「うさんくさい、ちょっと現実的なしょっぱさすら感じる」雰囲気を作り上げた上で、さらにもう一度、完全にフィクション世界の住人である霊能者ネオを突っ込んでくるこの展開……。うーん与太、という感じで大変よいものでした。

『オカルト』

オカルト [DVD]

オカルト [DVD]

 通り魔殺人事件とその被害者の神秘体験を追うモキュメンタリー。通り魔事件というのがそもそも架空のものだし、大事なところでクトゥルフネタが出てくるなどフィクションであることは明らかなのですが、やっぱり実録ものとして本当にそれっぽく撮られているのが面白い。取材対象の江野くんがあまりにも「本当にいそうなぱっとしない人」なのが生々しくて生々しくて、言動は完全にヤバい人なのにどんどん親近感が湧いてしまいました。
 これも基本的にバカホラーとして楽しめるものだと思うのですが、私はけっこう江野くんに当てられてしまったというか、ホラー的にもちょっと参ってしまいました。露骨な嘘っぱちのものとして作られているのが分かってるからこそ「怖くても所詮フィクションでしょ」という言い訳が利かないというか、作り物の中に一抹の事実が含まれてたみたいな穴がありそうなので怖い。下僕もお風呂やトイレを怖がるようになって「ある日いきなり頭の中に声が聞こえたら怖くないです?」とか言い出すし(それは私の声です)、なんかよく分かりませんが、我々こんなことで『コワすぎ!』観られるのかと不安になりましたね(でも絶対面白いので観ます)。

『ヒュレーの海』

ヒュレーの海 (ハヤカワ文庫JA)

 新発見の粒子的なやつでVR技術がめちゃくちゃ発達して現実そのものが物理層と論理層で構成されたネットワークみたいになってる未来、なんかのバグで情報強度が拡散して溢れた混沌の海に呑まれた地球圏は7体の超高度AIを核とする7つの国家によって再統合され、古代に打ち捨てられて堆積した巨大ソースコード遺産みたいになってるVR集合的無意識オーバーテクノロジーリバースエンジニアリングの対象となり、今日もなんか使えそうなデータがギルドによってサルベージされている……的な、以上の説明は作中の設定をだいぶ逸脱してイメージで固めた雑なやつですが、つまりなんかそういうイメージのやつです。

 現実と異なる技術体系を描き出すための根本的な土台として未知の粒子の存在を仮定しつつ、現代の情報技術あたりを中心としたアナロジーで世界設定を細かく構築しているタイプのSF作品、と私には読めました(分かるところだけ分かる状態で読んだからそういう理解になっただけで、ちゃんと読めばもっと色々あったりするのかもしれません)。その辺の分野の人にとっては比較的イメージしやすい世界設定で、ルビも割と素直に振ってあるなという感想だったのですが、前知識がなければ造語が乱舞する情報過多で衒学的な作品というふうに映るでしょう。前知識の有無で作品の性質は変わってきますが、根本的な面白さがどっちが上かはお好みによると思います。

 初出はなろう小説ということで広い意味のライトノベル的な文脈にも添っていて、徳間デュアル文庫あたりから出てそう感を醸してて嬉しさがあります。後半は世界の根源的なやつにアクセスして超常事象を発生させるタイプの能力バトルに比重が移り、SF的にはそこをどう解析して実装の穴をくぐり相手の裏をかいていくかという内容になるのですが、あんまり形而上的な話には行かず勝つか負けるかという単純な筋に落ち着くは良し悪しでしょうか。欲を言うと、最後の方でもう少し派手なSF的カタストロフなり大変革なりあってもよかったと思いますが、そこはないものねだりでしょうね。

碓井ツカサ/円居挽『オーク探偵オーロック(1)』

 もうタイトルと表紙が完全に作品のコンセプトを説明してるんですが、オークがシャーロック・ホームズをやるやつです。オビでも本編中でも元ネタの探偵の名前が伏せ字になってたので「これはホームズと思わせといて何とでもひっくり返せるやつやな!」とか思ってたけど、後書きっぽいもので思いっきりホームズ言及してたのでまあホームズでしょう(後書きっぽいものを信用しないこともできるぞ)。

 19世紀ロンドンの謎にオークの筋肉で挑む、とあってバトルの比率が大きいんですけど、いわゆる脳筋キャラではなく頭の方も名探偵相応にキレるというキャラ付けなので、探偵もののお約束にメタを張ってるという感じは意外と少ないです。あと姫騎士文脈も特にないので「くっ殺」とか言う人はいません(表紙の女の子はワトソンポジションです。可愛い)。

 能力推理ものとしては、オーロックの能力が「自分の推理が正解になるよう現実の方を改竄する」っていうオーク探偵とかの与太設定が吹き飛ぶくらい強力なやつで、しかもそれをかなり安直に使ったりしてたのでびっくりしたんですが、まあ円居先生のやることなので、ここからの話の持って行き方が楽しみですね。推理との辻褄が合うところまで現実を改竄し続けるタイプの能力っぽいので、探偵自身にも影響が制御しきれず、かえって悪い結果を招きかねないとかそういう趣向はあるようです。

 謎の日本武術やチベットに縁のあるホームズが元ネタだからということなのか、かなりの頻度で東洋武術への言及とかあるんですけど、これ半分以上円居先生の趣味だったりしませんかね……? あと最後の方で新宿のアサシンみたいなのが出てきましたね?(新宿のアサシンではないと思う)

『妄想代理人』

  • 最近観た変なアニメ。
  • 今さんの映画は何本が観たことがあったので前々から興味は興味はあったのですが、機会ができたので遂に視聴。
  • ブギーポップ・ファントムとかlainとかのオムニバス連作短編っぽいダウナーなアニメが結構好きなのですが、本作も同じような感覚で楽しめました。
  • OPだけはよく目にする機会があるので知ってましたけど、気持ち悪くて良いですね(でも本編中で平沢進さんっぽい曲が流れるだけで思わず笑ってしまうのは視聴態度としてよくない……)。
  • ガサラキの西田先生並みに目が据わってガンギマリしてる猪狩刑事の妻とレーダーマンが好き。
  • 現代風刺っぽいところがありつつも、ありがちな「現代人の心の闇」みたいな言説を真に受けてる感じでもないのが好ましいですね。
  • 少年犯罪の凶悪化とかの報道は当時既に散々されてましたが(定番過ぎて当時でも時代遅れなくらい?)、データを見ると少年犯罪が増えてるなんて事実は全くないわけで、にも関わらず「増える少年犯罪、現実と虚構の混同、現代人の心の闇……」みたいなイメージを前提にしたきな臭い雰囲気そのものは現に食傷するくらいメディアから発信されていた。いったい現実と虚構を混同しているのは誰なのかっていう話なんですが、存在そのものが集団妄想みたいな少年バットは、なんかそのへん面白い。
  • まあでもこういう方向の感想を掘り下げても雑な社会反映論一直線なので、あんまり言わぬが華でしょう。
  • あとラストで「戦後に戻ったみたいだ……」みたいなセリフを懐古趣味の猪狩刑事に言わせておいて速攻で復興させる趣味の悪さ好きです。

『岳飛伝(一)』

岳飛伝 1 三霊の章 (集英社文庫)

 長かった文庫化待ち……。また数年空いちゃったので詳しく覚えていない登場人物も多いんですが、文章があまりにも肌に合うので立ち止まることもなくすらすら読めてしまいました。「これで死ぬような奴ならそこまでだ」みたいなシーンがバンバン出てくるマッチョな小説、本来なら苦手な部類のはずなんですが、これだけ長く付き合ってきた作品だと嫌でも愛着が湧くし、このシリーズに合うよう自分から寄せていったところもあります。人間に圧をかけて人間性を搾り出すのは楽しいぞ〜(最悪)。

 北宋を舞台としていた原作水滸伝の時代からもずいぶん時は経ち、いまや中華は金と南宋の時代に至りました。梁山泊が倒そうとしていた宋は金によって南に追いやられ、遼や蒙古、奥州藤原氏までもが話に絡んできて、もはや原作の枠からは完全に逸脱しています。『水滸伝』の頃は梁山泊の志の中心であった「戴天行道」の旗も、今では何か人を縛る枷のように語られていて隔世の感。一度は梁山泊に名を連ねながら、そこを離れる者もおり、そもそもタイトルからし梁山泊と敵対する岳飛の名を冠しています。水滸伝とか梁山泊という枠すら解体して、このシリーズを一人一人の物語に返していこうというのが、このタイトルなのかもしれません。

 もう一〇八星のうちの多くが死んでしまいましたが、「死にそびれた」「長く生きすぎた」と思いながら生き延びている人もいます。三十巻以上付き合って思い入れ深くなった彼らが自分の人生にどんな決着をつけるのか、このシリーズが完結するまでのこれから一年ちょっとが楽しみです。