『アラビアの夜の種族』

アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ)
「ファンタジーとして、SFとして、そして何より物語としての傑作です。
最初の二百ページほどは物語の全体像が見えてこず、ページが固くてなかなか読み進められませんでした。ところが後半に差し掛かり、お話の全ての前提情報が揃って視点が大きく開けてからは、もうなだれ込むような一気読みでした。まさに怒涛。この作品の評判についてほとんど前情報を持たず、「幻想小説」という手掛かりしか持っていなかったことが、ここでの私にとっては大きく幸いしました。思いも寄らぬこの展開。もう後はひたすら痺れまくって悶えてました。
「アラビアの伝承文学『The Arabian Nightbreeds』を古川日出男の手によって翻訳した」というこの作品。なるほどたしかに、たった一人の作者からこんな作品が生まれることはありえません。複数の作者によって形を変えつつ語られてきたからこそ発現しうる、絶妙に不整合でどうしようもなく深く冥い混沌を感じることができました。
ときどき驚くのは、この作品が百何年も前に原本が完成しているとは思えない構成になっていること。『千夜一夜物語』のように、ある意味での作中作の形式を持つ作品は昔からあるにはありましたけど、それは単に形としてそうなっただけで*1、「作中作であること」自体を利用して効果的な演出がなされていたわけではありません。少なくとも、そういったメタな発想が認識されて意識的に試されはじめたのは二十世紀に入ってから、というイメージがあります。けれどこの十八世紀の作品は、既にそれと同じようなメタな思考に基づいて構成されているように思えました。この混沌きわまる作品にあってその点だけが妙に近代的に感じられて、本当に英語版の原本がこれと同じ構成で書かれていたのか、古川さんの脚色ではないのかと疑問を持ってしまったほどでした」


というわけで以下ネタバレ。




まあつまり、ぶっちゃけ騙されたわけですけど。こんなものを書ききっちゃう古川さんって何者ですか。読了して、さらに検索までかけないと見破れないメタトラップ。思いっきりしてやられました。
っていうかあのダンジョンですよ! 阿房宮! いまだに阿房宮*2に勝る怪物設定のダンジョンを見たことがありません。ダンジョンに数多の冒険者が集い挑戦するというこの王道的RPGの状況に対して、ここまでの合理的な説明がなされるとは。しかも魔王ですよ! 勇者ですよ! ゲーム内存在であるこの私が、ここまでベタにRPGRPGしてる展開に燃えないはずがないのです。剣士と魔術師がパーティー組んで魔王討伐に向かうとか、サフィアーンさんと守護ドラゴンの会話とか、もうあれです。好きすぎます。そして作中作フェイズのファラーさんの最後の台詞で、完全に撃沈。ありえません。きゅーとか言いたくなりましたよ。エンディングの解放感も、RPGの大団円を思わせる心地良さでした。
この作品を読む機会を与えてくださったウエ紙さんに感謝。まさに私のストライクゾーン真っただ中の傑作、何かいろいろ見透かされてる思いです。読むのにかかった十時間超の時間に見合って十分余りある、かけがえのない読書体験でした。

*1:原始的なメタネタとしては『百物語』なんかがあるかもしれません。

*2:そういえば阿房宮って(一説に?)阿呆の語源らしいですね。アホダンジョン。