『1000の小説とバックベアード』
ゆやたんの化身たる主人公が小説を書くことについて考えて考えて考え抜いて答を見つける作品。
「片説家」「やみ」といった概念が「小説家」と区別するための定義として語られています。こういう流れって、自分で勝手に「小説」についてのオリジナル定義を作るだけで満足してしまうパターンが多いので心配していたんですけれど、最終的にはちゃんと一般的な意味での「小説」の問題に着地できていました。
この作品で面白いのは、様々な立場の人たちが、小説に関するたくさんの問題を片端から提起していく点。「才能がなくてもよいのか」「楽しんで書ければそれでいいのか」「自分が楽しめないような小説を世に出していいのか」「少数の人間にしか楽しめない小説に価値はあるのか」「売れるだけの小説でよいのか」「人を変える様な小説だけがよい小説なのか」「小説なんか書いて意味があるのか」などなど。
佐藤さんは、これらの問いに真摯に向き合いますけれど、○×をつけることは最後までしませんでした。全ては意見であって、意見として重視はするけれど、それを答とはしない姿勢です。たとえば、「売れるような小説は意味のない小説だ」とか、逆に「売れない小説は意味のない小説だ」とか、あるいは「エンターテイメントは小説ではない」とか、その手の変な断定がこの作品には一切ないのです。
ですから、この作品は「小説はこうあるべきだ」的なことを語るものではなくて、あくまで佐藤友哉さん個人の決意表明です。そのため小説論という意味で画期的なことを言っているわけではありません。けれど、小説を読む人、書く人に対しては、強い感慨を与える作品になっていたと思います。作家を志す人ならば、きっと読んで損はないでしょう。