『パラークシの記憶』

パラークシの記憶 (河出文庫)

 前作『ハローサマー・グッドバイ』からだいぶ先、登場人物が一新されているものの設定的に繋がりのある続編とのこと。前作の内容をおぼろげにしか覚えてなかった私でも問題なく読めたので、細部を覚えている必要はないと思うのですが、前作ラストの大オチを割る内容ではあるので、一応注意は必要かもしれません。

 基本的に地球によく似ているけど自然現象や生態系など細部が異なる惑星に住む、基本的に地球人によく似ているけど記憶の継承方法や倫理基盤などに差異があるヒトを主人公にしたお話。SF成分やサスペンス成分などがありますが、前作と同様なによりもザ・青春小説。それなりに頭が良くて周りを見下しがちな身分の高い少年が、気立てが良く聡明な身分の高い美少女と一目惚れで恋に落ちて大冒険する話。みたいな紹介の仕方をするとなんだそのアレはとなりそうですが、実際読んでみるとこういう主人公の造型がしゃらくさい青春小説としてものすごくハマっています。

 書き割りの悪人、というのがあまり出てこない代わり、愚かな人物についてはその愚かしさが容赦なく掘り下げて描かれます。悪い人にも良い面があるというアプローチではなく、彼はこれこれこういう経緯で現在こんな有様になっており実際愚かなのだ、と容赦なく書き示す感じ。人の愚かさには理由がある、という風に見ることもできますが、だからといって別に救いはありません。愚か者の中にも、苦境などをきっかけに聡明さを手に入れる人もいれば、最後まで愚かなままの人もいて、そこが余計に突き放した感じもあるのですが、これはこういうものとして何か嫌いではありません。

 地球人とは違う種族とされている本作の「人々」ですが、異星に住んで牧歌的な文明を営んでいること以外ほとんど地球人との変わりはなく、平和的で保守的に見える性格もだいたい環境要因だったというような話も出てきます。ただし、文化の伝承形態や一部の本能的本能的性質にわずかながら明確な差異が設定されているせいで、そのちょっと違う部分がかえって浮き彫りになってくるのが面白いです。

「本能に従うのは自然で正しいことである」式の自然主義の誤謬(通俗用法)はうんざりですし、デザインされた本能に従って自分の行動が決められているなんて言われたら反発心だって起こります。ただ、自然であることが正しさの根拠にならないように、自然に逆らうことも別に正しさの根拠にはならなりません。あらかじめ設定された本能をとりあえず一度そういうものとして受け入れてから自分の出方を決めるのは勿論、一連の大きな営みの中の一部を担うものとしていっそ誇りを持つという在り方が、本作では特に否定されていません。現実社会の保守的な倫理と接続するとだいぶ危うい話ではあるのですが、空想的な思考実験としてはこういうのも一周回って面白いのかなと思いました。