一人の作家が一生に一度しか書けない渾身のダークメルヘン - 沙藤一樹『X雨』
おとなり言及
再々読。私が長編小説を再読するなんて、数年ぶりかもしれません。「持たざる者」になってしまった子供たちの逃れがたい業を描いた暗黒童話、ダークメルヘンとでも言いましょうか。
私が一冊だけ人に小説を薦める権利を得たなら、迷わずこの作品を選びます。どのくらい凄いかと言うと、普段はやらないおとなりページへのリンクまで貼って「読め、読め」オーラを出すくらいに凄いのです。明らかに売れてなさそうな上に既に七年前の作品なので、入手は困難ですけれど……。
一人の作家が、その全存在を一冊の本に叩き込んだという感じ。確実にLPを5は消費してそうな凄絶な作品なのです。もちろん極限効果つき。実際この作品が出てからというもの、沙藤さんは以前にも増してめっきり寡作になりました。*1
毒の強さ、胸残りの悪さという点で、方向性は違いますがその強烈さが麻耶雄嵩さんに通じるものがあるかもしれません。ただし麻耶さんがどこか達観した視点から登場人物を冷酷に切り捨てているとすると、沙藤さんはまさにその「切り捨てられる者」の視点で泥の中をもがき苦しんでいます。
読者をむりやり感情移入させてくるような脅迫的な気持ち悪さは、佐藤友哉さんの初期の作品にも通じるものがあるかもしれません。特に『クリスマス・テロル』はよく本書との類似が指摘される作品です。(あれみたいにめちゃくちゃ非難されてるようではありませんけど)
麻耶さんの例を挙げましたけど、麻耶さんがよくそう評価されるように、本書も非常に「読み辛い」作品です。序盤の「語り」パートのリーダビリティはそこそこですが、中盤からはじまる「小説」パートは、場面転換の境目が分からなかったり、視点がどこにあるのか分からなかったりという、異様に幻惑的な文体で書かれています。そして描かれる内容自体も非常に陰鬱なもので、多くの読者は強いストレスを感じるでしょう。
また展開事態も、次第に「これは読者を馬鹿にしているのか?」とすら思えるような酷いものになっていきます。それがまたわざとやってるのか素でそういうことをやっているのか判断のつきかねるぎりぎりのラインなので、読者のストレスは否応なく高まってしまうのです。
それでも我慢して読み続けていくと、ああこれは何かおかしいなと読者は気付きはじめます。本書はそういった酷く捻じ曲がった構造をしていて、そこにはもちろん作者の意図があるんですけど、その意図自体にも実はけっこう設計上の不備があったりします。
ただでさえどこぞの地下駅の網の目通路のような煩雑な作りである上に、決して巧いとはいえない手際によって作品はますます混沌を極めます。そして作者持ち前の悲しみとも恨みともつかない重々しすぎる情動が加わわり、結果として出来上がったのは非常に「いびつ」な作品なのでした。
この「いびつ」さは本当に特筆すべきもので、その「いびつ」さを味わうためだけにこの一冊の本を読んでみてもいい、と私は思います。ちなみに角川ホラー文庫。どうぞ大型書店か古本屋さんを探して回ってみてください。